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SUPER EIGHT(旧関ジャニ∞)のリーダーとして長年活躍してきた横山裕さんは、テレビ番組やインタビューで自らの家庭環境を語ってきた経緯があります。
なかでもよく検索されているのが、横山さんの父親に関するテーマです。
この記事では、横山裕さんの父親(実父と義父)はそれぞれどんな存在だったのか、確執や別れ、現在の心境までを整理していきます。
先に結論
- 横山さんには実父と義父の2人の父親がいた
- 実父とは3歳の時に両親が離婚し、以降ほぼ接点がない
- 義父は5歳の時に母が再婚した相手で、現在の「横山」姓の由来
- 義父からは「お父さんと呼べ」と強要されるなどの確執があった
- 義父は横山さんが23歳の時に母と離婚している
- 実父は2010年の母の葬儀にも参列していないと報じられている
目次
横山裕の父親は誰?実父と義父それぞれの存在
横山裕さんは、3人兄弟の長男として大阪市此花区で生まれ育ちました。
「父親」というテーマで横山さんの人生を語るときには、まず実父と義父という2人の存在に分けて整理する必要があります。
ここからは、それぞれの父親がどんな立場で横山さんと関わってきたのかを順に見ていきます。
実父は3歳で別れた父親
横山裕さんの実父については、ほとんど情報が公になっていません。
両親が離婚したのは、横山さんがまだ3歳のときと言われており、本人にとっても父の記憶はほとんど残っていない状態です。
実父の名前や具体的な職業は本人や事務所から公表されておらず、断片的な情報として「大阪府内で一般企業に勤めていた」と関係者が証言している程度にとどまります。横山さんは複数のインタビューで自身の家庭環境について語ってきましたが、実父についての詳細な発言はあまりなく、長らく音信不通の状態が続いていると見られています。
3歳での離婚というタイミングは、本人の記憶として残らない年齢です。横山さんが「父親」として語るときの主な対象は、後に登場する義父であることがほとんどで、実父の存在は人生の前提として静かに置かれている、というのが実情のようです。
義父は5歳で家に来た父親
横山さんが5歳のとき、母親が再婚し、義父が新しい家族として家に加わりました。
このときから家族の生活ががらりと変わり、横山さんと母、そして義父の3人での生活が始まります。
その後、母と義父の間に弟が2人生まれ、家族は5人に。横山さんの人生における「父親」という言葉は、ここからしばらく義父を指すものになっていきます。家族の中で長男として弟たちの面倒を見ながら、義父との関係に向き合うことになるのが横山さんの少年時代です。
ただし、横山さんは現在に至るまでテレビや雑誌で家庭の話題を語る際にも、義父のことを「お父さん」と呼ぶことはほぼありません。本人の心の中では、義父は「父親」として整理されきっていない、複雑な存在のままになっている様子が伝わります。
横山姓は義父から引き継いだもの
現在芸能界で使われている「横山」という姓は、実父の姓ではなく義父の姓を引き継いだものだとされています。
母が義父と再婚したことで、戸籍上の姓が「横山」へと変わりました。
そのため、横山さん自身も過去のラジオやトーク番組で、「僕、ホンマは横山じゃないんやろなって説(笑)」と冗談めかしながら、姓の由来について触れたことがあります。芸名としてそのまま「横山裕」と名乗っていますが、姓の背景を考えると、横山さんにとって名前そのものが家庭事情と直結したものになっていることがわかります。
姓を変えるという出来事は、子どもにとって心理的な影響が小さくない出来事です。ただ、横山さんはこの姓のままで芸能活動を続け、グループの顔として長年活躍してきたことで、結果的に「横山裕」という名前を自分自身のアイデンティティに育ててきたとも言えます。
義父の名前は公表されていない
義父の名前や具体的な職業については、横山さん本人や所属事務所から一切公表されていません。
これは、現在は他人となった義父のプライバシーを守るという意味合いと、横山さん自身が家庭の事情を必要以上に表に出したくないという配慮が含まれていると見られます。
公表されているのは、「すでに高齢」「母と離婚済み」「長らく接点がない」といった限定的な情報のみです。テレビでエピソードトークとして触れられるときも、固有名詞は伏せられた状態で語られることがほとんどで、ファンの間でも詳細を詮索しすぎない空気が保たれています。
横山裕の父親(義父)との確執と父親代わりの現在
義父と過ごした時期、横山さんの家庭は穏やかさからは遠い環境にあったと、本人がたびたび語っています。
それでも横山さんは、長男として母と弟たちを支え続け、現在は弟2人の父親代わりという立場にもなっています。
ここからは、義父との確執の中身、そして母の死を経た現在までの流れを見ていきます。
義父との確執|父親と呼ばせる強要
義父と横山さんの関係には、子どもの目線から見て無理を強いられたエピソードがいくつも残っています。
特に有名なのが、再婚直後に義父から「今日からお父さんと呼びなさい」と命じられたという話です。
幼い横山さんにとって、つい昨日まで他人だった大人を急に「お父さん」と呼ぶのは簡単なことではありません。それでも従わないと厳しく当たられたと、横山さんは過去のテレビ番組やインタビューで明かしています。家庭の中で起きていたことを子どもがすぐに整理できる年齢ではなく、戸惑いを抱えたまま生活を続けることになりました。
「お父さんと呼べ」と頭を叩かれた
「お父さんと呼べ」と言われても素直に呼べなかったとき、義父は横山さんの頭を叩きながら「はよ呼べ」と迫ったと伝えられています。
幼い子どもにとって、家庭の中で頭を叩かれて呼び方を強要される経験は、深く印象に残るものです。
横山さんは、この時期の義父の対応について「まだ許せていない部分がある」と発言したことがあり、当時の感情が現在まで尾を引いていることがうかがえます。同時に、こうした経験を笑い話のように軽く扱うことなく、自分の人生の前提として正面から語っていく姿勢にも、長男としての強さを感じる人は少なくありません。
弟たちにだけ優しかった義父
家庭内で目に見えて辛かったのが、義父の対応が血のつながった弟たちと横山さんとで明確に違ったことだと言われています。
義父は実子である弟たちには優しく接する一方、横山さんに対しては冷たく当たる場面が多かったと報じられています。
「あのおっさん」と横山さんがしばしば義父を呼んでいたというエピソードが残っているのも、当時の関係性の苦しさを物語ります。それでも、長男として家を出て行くわけにもいかず、母と弟たちの間に挟まれながら過ごす時期が長く続いたという背景があります。
父親(義父)は23歳の時に家を出た
義父との関係に区切りがついたのは、横山さんが23歳のときと言われています。
母が癌を告知されたタイミングを境に、母と義父の夫婦関係は決定的に悪化し、最終的に離婚へと至りました。
これによって、横山さんと弟2人にとっての「家庭の父親役」だった義父は、横山さんの人生から物理的に消えることになります。母が病を抱えながらシングルマザーとなった家庭の生活を、当時すでに芸能活動と建設会社の仕事を両立させていた横山さんが支えていく流れができ上がっていったのもこの時期です。
それまでに溜まっていた家庭の苦労や経済的な厳しさが、ここで一気に長男の肩にのしかかることになりますが、後の本人の発言を読む限り、義父との同居が終わったこと自体には安堵もあったように受け取れます。
実父は母の葬儀にも来なかった父親
横山さんの母は、2010年5月16日に虚血性心疾患のため50歳の若さで急逝しました。
横山さんは青森でのソロライブの開演4時間前に訃報を受けながらも、予定通り公演を行ったエピソードでも知られています。
その葬儀に、実父は参列していなかったと報じられています。3歳で別れたきり、長らく音信不通だった実父は、最後の別れの場にも姿を見せなかったということになります。横山さんとしてはこの件について多くを語っていませんが、母を支えてくれなかった実父への複雑な思いが拭えないであろうことは、想像に難くありません。
母の急逝という大きな出来事に直面しながら、横山さんは長男として家族をまとめ、ライブのステージに立ち続けたという事実が、父親不在の家庭で長く支えてきた長男の覚悟を象徴しています。
父親代わりとして弟2人を支える現在
母の死後、横山さんは父親代わりとして弟2人の生活を支えていく立場になりました。
母が築いてきた家を継ぐかたちで、長男として弟たちの将来を見守ってきたと言われています。
弟たちの個別のプライバシーは横山さんが大切に守っているため、本サイトでも詳細には踏み込みませんが、横山さんは芸能活動の収入で弟2人の進学を支えたとも報じられており、家族の柱としての役割を一身に背負ってきた様子がわかります。父親が機能しなかった家庭の代わりに、長男が「父親役」として動かざるを得なかった、というのが横山家の歴史です。
弟たちが大人になった現在も、ふだんの生活では距離を保ちつつ、必要なときに支え合う関係性を続けていると見られています。
父親に対する複雑な思いと感謝
義父と実父、どちらに対しても、横山さんは単純な「嫌い」だけで割り切ってはいない様子が、これまでの発言から伝わってきます。
義父について「まだ許せていない部分がある」と語る一方で、「弟たちに会わせてくれたことには感謝している」と話したこともあります。
実父についても、3歳で別れたきりで多くを語らないまま現在に至っていますが、母を支えていた頃の思い出はわずかに残っているようです。父親として理想的な存在であったとは言えなくても、自分の弟たちの存在は義父との家庭があったからこそであり、長男としての立場を引き受けてくれた母の存在が大きかったというのが、現在の横山さんの整理だと考えられます。
複雑な家庭の中で「父親」というテーマと向き合い続けてきた横山さんが、今は弟たちにとっての父親代わりとして、芸能界でリーダーとして、誠実な人柄で支持を集めているのは、こうしたバックグラウンドが土台になっているのかもしれません。
横山裕の父親についてまとめ
ここまで紹介してきた、横山裕さんの父親(実父・義父)にまつわる情報を整理します。
- 横山さんには実父と義父の2人の父親がいた
- 実父とは3歳の時に両親が離婚し、以降ほぼ接点がない
- 義父は5歳の時に母が再婚した相手で、現在の「横山」姓は義父から引き継いだもの
- 義父からは「お父さんと呼べ」と強要されるなどの確執があった
- 義父は横山さんが23歳の時に母と離婚している
- 実父は2010年の母の葬儀にも参列していないと報じられている
- 現在は横山さん自身が弟2人の父親代わりとして家族を支えている
横山裕さんの「父親」というテーマには、3歳で別れた実父と、5歳から共に暮らした義父という2つの存在があります。
テレビでにこやかに振る舞う長男キャラの裏側には、決して平坦ではない家庭の歴史が積み重なってきました。それでも横山さんが現在のように、弟たちを支え、グループを率いるリーダーになれた背景には、複雑な父親関係を抱えながらも、母と弟たちを守ろうとしてきた長男としての強い意志があります。父親という存在に振り回されながらも、自分自身が「家族にとっての父親役」へと変わっていったのが、今の横山さんなのかもしれません。
