桜井直美はきゃんきゃんのセンターだった!佐久間大介の母のアイドル時代と現在

桜井直美はきゃんきゃんのセンターだった!佐久間大介の母のアイドル時代と現在

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Snow Manの佐久間大介さんの母親・桜井直美さんが、1980年代のアイドルグループ「きゃんきゃん」のセンターを務めていたことが話題を集めています。

同じグループには、SixTONESの京本大我さんの母・山本博美さんも在籍しており、きゃんきゃんが繋いだ縁が2人の幼馴染関係を生んでいます。

この記事では、桜井直美さんのアイドル時代の経歴と活動内容、引退後の現在、そして息子・佐久間大介さんとの仲良しエピソードをまとめます。

桜井直美がきゃんきゃんで輝いたアイドル時代|花の82年組センターの軌跡

以下では、桜井直美さんのプロフィールからきゃんきゃんでの活動内容、解散の背景、そして京本大我さんの母との縁まで紹介します。

  • プロフィールと芸能界デビュー
  • きゃんきゃんのメンバーと活動内容
  • 花の82年組の中での1年間
  • 京本大我の母との幼馴染縁

プロフィールと芸能界デビュー

桜井直美(さくらいなおみ)さんは、1966年3月20日生まれ、東京都両国出身です。出身高校は嘉悦女子高校で、身長160cm、血液型はA型。学生時代から明るく活発な性格で、趣味は小物集め・バスケットボール・ジャズダンス・お菓子作りと多岐にわたります。

芸能界デビューは1982年、まだ高校生の16歳のときです。アイドルグループ「きゃんきゃん」のメンバーとして活動を開始し、グループ内ではセンターを担いました。

デビュー当時の活動設定として、各メンバーには「お店の看板娘」というキャラクターが与えられていました。桜井さんには「青果店の看板娘」という設定がありました。こうした親しみやすいキャラクター設定は、当時のアイドルプロモーションの手法として一般的なものでした。

笑ったときの口元が息子・佐久間大介さんにそっくりだとファンのあいだで評判です。きゃんきゃん時代の写真が残っており、現在も複数のメディアで確認できます。

きゃんきゃんのメンバーと活動内容

きゃんきゃん(Can Can)は1982年に結成・デビューした3人組のアイドルグループです。メンバーそれぞれの役割と、残した足跡を見ていきます。

3人の設定とセンターの役割

きゃんきゃんの3人は、桜井直美さん(センター)、山本博美さん(後に京本大我さんの母になる)、唐沢美香さん(旧姓:宇野美香)でした。

各メンバーにはお店の看板娘という設定が与えられており、桜井さんは青果店、山本さんはパン屋、唐沢さんはジュース屋という設定があったとされています。こうしたキャラクター付けにより、親しみやすいアイドルとして売り出されました。

グループ内で桜井さんはセンターを担い、レコードジャケットや番組出演でも中心的な存在として活動していました。

シングルとメディア出演の実績

きゃんきゃんは1982年のデビューから解散までの約1年間に、複数のシングルをリリースしています。1stシングル「あなたのサマーギャル」、2ndシングル「涙のC・Cガール」、そして最後のリリースとなった「なに?お巡りさんが・・・」まで、計4枚のシングルを発売しました。

楽曲には作詞家・阿久悠氏が手がけたものも含まれており、本格的な制作体制のもとで活動していたことがわかります。

音楽番組への出演やCMへの起用も行われ、テレビ番組「独占!スター誕生」のアシスタントも務めました。短期間ながら、レコード・メディア・CMと多方面での露出があり、アイドルとしての活動の幅を広げていました。

花の82年組の中での1年間

1982年は日本のアイドル業界にとって例外的に豊作な年でした。後に「花の82年組」とも呼ばれるこの時期には、松田聖子さん・中森明菜さん・小泉今日子さんをはじめとする強力なアイドルたちが全盛を誇っており、新人アイドルにとって非常に競争の激しい環境でした。

きゃんきゃんはこの厳しい時代に誕生し、わずか1年で解散しています。1983年に活動を終え、桜井さんもそのまま芸能界を引退しました。

ただし、彼女たちの挑戦は決して無駄ではありませんでした。当時を振り返り、唐沢さんは2022年のバースデーライブのMCで「仕事帰りにはみんなで”来年こそは紅白に出たいね”と言い合っていました。残念ながら私たちは出られなかったけれど、ついに息子たちが親の夢を叶えてくれました」と語っており、時を経て夢の続きを息子たちが叶えたことに感慨を滲ませています。

京本大我の母との幼馴染縁

きゃんきゃんにおける最大のトリビアともいえるのが、グループのメンバーが佐久間大介さんと京本大我さんという2人のジャニーズスターの母親だったという事実です。

桜井直美さん(佐久間大介の母)と山本博美さん(京本大我の母)は、きゃんきゃんとして共に活動していた仲間。グループを通じて深い友人関係を築いており、この縁が2人の息子たちの幼馴染関係へとつながっていきます。

佐久間さんが先にジャニーズ事務所に入所し、その後を追うように京本さんも入所。2人はアイドル誌のインタビューで「小さなころは”きょも”と”大ちゃん”と呼び合っていた」「家族ぐるみで仲が良かった」と幼馴染であることを明かしています。2020年1月にSnow ManとSixTONESがジャニーズ史上初の同時デビューを果たしたのも、きゃんきゃんという縁が遠因になっていたといえます。

桜井直美の現在と息子・佐久間大介との仲良しエピソード|きゃんきゃんが繋いだ絆

ここでは、アイドル引退後の桜井直美さんの現在と、息子・佐久間大介さんとの数々の仲良しエピソードを紹介します。

  • アイドル引退後の現在
  • ジャニーズ入所のきっかけを作った母
  • 下積み時代を支えた言葉
  • 息子が贈り続ける親孝行
  • 桜井直美ときゃんきゃんまとめ

アイドル引退後の現在

きゃんきゃんの解散と同時に芸能界を引退した桜井直美さんは、現在は専業主婦として家庭を支えていると見られています。

夫は建設会社の二代目社長・佐久間昭彦さん。代々続く建設業の家系で、経済的にも恵まれた環境です。佐久間家は豪邸として知られており、テレビ番組で自宅の一部が映った際に大理石の床が確認され、「やっぱりお金持ち!」とファンのあいだで話題になりました。

子供は大介さんを含む3人(兄・大介・弟)。大介さんが誕生したのは桜井さんが25〜26歳のころで、3人の子育てを中心とした家庭生活を送ってきたとみられます。なお、大介さんと弟はそっくりな顔をしており、Snow Manのメンバーも驚くほどだと伝えられています。

現在の顔写真は公表されていませんが、きゃんきゃん時代の写真は現存しており、笑ったときの口元が佐久間大介さんにそっくりだとファンのあいだで評判です。アイドル活動を経て穏やかな家庭生活を選んだ桜井さんは、今も陰ながら息子の活躍を見守り続けています。

ジャニーズ入所のきっかけを作った母

佐久間大介さんがジャニーズ事務所に入所したきっかけは、母・桜井直美さんの行動にあります。

佐久間さんが通っていたダンス教室の関係者から「オーディションを受けてみたら?」という提案を受けた桜井さんは、中学1年生の大介さんの履歴書をジャニーズ事務所に送りました。自身もかつてアイドルとして活動していた経験から、息子の可能性を信じ、背中を押したのでしょう。

活動初期の中学生時代には、桜井さんが直接大介さんの髪をカットしていたというエピソードも伝えられています。美容師さんとの会話が苦手だった大介さんのために、母親が代わりにカットを引き受けていたとのことです。母親の細やかな気遣いが、息子の活動を支えていた様子が伝わってきます。

アイドルとして短命に終わった自分の夢を息子に押しつけたわけではなく、あくまで「息子が楽しめる道」を見つけてあげるための行動でした。桜井さんのその一歩がなければ、Snow Manという人気グループは存在していなかったかもしれません。

下積み時代を支えた言葉

佐久間大介さんのジャニーズ生活は、長い下積み期間から始まりました。デビューがなかなかできない中で、周囲の目を気にしながら悩んでいた大介さんに、桜井直美さんが伝えた言葉があります。

「デビューできなくても大切な息子だよ」

シンプルながら深い愛情のこもったこの言葉は、大介さんの心の大きな支えになったと、後のインタビューで明かしています。芸能界という不安定な世界で結果が出ない時期を過ごす中、母からの無条件の肯定がどれほど心強かったことか。佐久間さんがデビュー後もファンひとりひとりに向き合い、明るく活動し続けられるのは、この言葉が根底にあるからだとも受け取れます。

元アイドルとして芸能界の厳しさを肌で知っていたからこそ、桜井さんは結果よりも「大切な息子である」という事実を先に伝えられたのかもしれません。

息子が贈り続ける親孝行

佐久間大介さんが母・桜井直美さんへの感謝を形にするエピソードは、ファンのあいだでもよく知られています。

ティファニーと母の日帰省

Snow Manがティファニーのイベントに出演した際、佐久間さんは「ちょうど母親がクリスマスプレゼントがほしいと言っていたので、ティファニーで買ってプレゼントしようかなと思います」とコメントしていました。デビュー後に得た収入を、母への感謝として形にしている姿が印象的です。

また、母の日には必ず実家に帰省し、花束を渡して感謝の言葉を伝えることを続けています。「舞台を見に行った際に”お母さん大好き!”と叫ぶほど」とも伝えられており、ファンからも「親孝行すぎる」と温かいコメントが寄せられています。

滝沢歌舞伎での名言返答

ある舞台で佐久間さんが母に「僕どうだった?」と感想を聞いた際、桜井さんからこんな返答が返ってきたというエピソードがあります。

「あんたなんて家でいくらでも見れるんだから見てないわよ!タッキーと三宅健くんしか見ていないよ!」

それを受けて会場は爆笑に包まれたといいます。息子の活躍よりも共演の先輩たちを見に来たという正直な返答は、元アイドルらしいユーモアと親子のフラットな関係を物語っています。

誕生日サプライズと週7外食

佐久間さんの誕生日には、サプライズのエピソードもあります。その日はメンバーと遊ぶ予定でほぼ全員がドタキャン。数人だけと実家に帰ったところ、自室にドタキャンしたメンバーが全員集合しており、その中に桜井さんも混じっていたというものです。サプライズに参加した母親の茶目っ気が伝わるエピソードです。

また、佐久間さんの実家では家族全員の食の好みが違うため、母親が料理しても誰も食べないことがあり、桜井さんがついに「外食してきなさい」と宣言。それ以降、家族での外食がデフォルトになったといいます。「週7で外食」という言葉にメンバーが驚いたほどで、個性的な佐久間家ならではのエピソードです。

桜井直美ときゃんきゃんまとめ

  • 桜井直美さんは1982年、高校生16歳でアイドルグループ「きゃんきゃん」のセンターとしてデビュー。
  • メンバーは桜井直美(佐久間大介の母)、山本博美(京本大我の母)、唐沢美香の3人。
  • 「花の82年組」の中で約1年間活動し、4枚のシングルをリリース後に解散・芸能界引退。
  • 引退後は建設会社の二代目社長・佐久間昭彦さんと結婚し、現在は専業主婦。
  • 中学1年生の大介さんの履歴書をジャニーズに送り、入所のきっかけを作った。
  • 「デビューできなくても大切な息子だよ」という言葉が下積み時代の佐久間さんの心の支えに。

「きゃんきゃん」という短命に終わったグループが、時を経て息子たちの活躍として報われました。桜井直美さんが時代に挑んだ1年間は、Snow Manの誕生という形で今も息づいています。

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