記事内で紹介する商品を購入することで、当サイトに売り上げの一部が還元されることがあります。
綾戸智恵さんの息子イサさんが病気を抱えていると知り、どんな病気なのか、今はどうしているのかが気になる方は多いのではないでしょうか。
結論から言うと、イサさんが患ったのは嗅覚を奪う「好酸球性副鼻腔炎」という病気で、長く付き合いながらもコーヒー焙煎士として前向きに生きています。
この記事では、綾戸智恵さんの息子イサさんの病気の内容や発覚の経緯、そして病気と向き合う現在の姿まで、公開されている情報をもとに詳しく解説します。
目次
綾戸智恵の息子イサさんの病気とは|好酸球性副鼻腔炎の発覚
- どんな病気を患ったのか
- 病気が発覚した経緯
- 病気による嗅覚と生活への影響
- 病気は今も続いているのか
| 息子の名前 | イサさん(1990年生まれ) |
| 病気の名前 | 好酸球性副鼻腔炎 |
| 発症の時期 | 2014年ごろ |
| 主な影響 | 嗅覚を失い、味覚にも影響 |
| 公表の場 | 2017年「徹子の部屋」出演 |
まずは、イサさんがどんな病気を患い、どのように発覚したのかを順に見ていきます。病名だけでは想像しにくい病気ですが、症状を知ると人生が大きく変わった理由が見えてきます。
どんな病気を患ったのか
イサさんを苦しめた病気は、好酸球性副鼻腔炎(こうさんきゅうせいふくびくうえん)です。鼻の奥にある副鼻腔に炎症が起き、鼻茸と呼ばれるポリープがいくつもできてしまう病気です。
一般的な蓄膿症と似ているようでいて、その正体は大きく異なります。好酸球という白血球が深く関わっていて、手術で取り除いても再発しやすいのが大きな特徴です。
そのため一度の治療で終わりというわけにはいかず、長く付き合っていく必要があります。重い症状の場合は、日常生活に大きな支障が出ることも少なくありません。
この病気は子どもよりも大人になってから発症するケースが多く、ぜんそくを合併しやすいことも知られています。鼻づまりや嗅覚の低下のほか、頭が重く感じられたり、においに敏感に反応しにくくなったりと、症状の出方には個人差があります。決して珍しい病気ではなく、同じ悩みを抱える人が全国にいるという点も知っておきたいところです。
病気が発覚した経緯
イサさんにこの病気の症状があらわれたのは、2014年ごろのことだったとされています。
はじまりは鼻づまりや副鼻腔炎のような不調でした。よくある鼻のトラブルかと思われたものが、検査を重ねるうちに好酸球性副鼻腔炎という診断にたどり着きます。当時のイサさんは自動車の整備工を目指し、夢に向かって勉強していた時期でした。
順調に進んでいた人生のなかで突然知らされた病名は、本人にとっても母の綾戸智恵さんにとっても、大きな衝撃だったはずです。健康そのものに見えた若者が、ある日突然この病気と向き合うことになったのです。
鼻の不調を「ただの蓄膿症」と思って見過ごしてしまう人は少なくありません。イサさんのケースも、はじめは軽い症状から徐々に進行していきました。早い段階で専門的な診断を受けたことが、その後の人生の選択を考えるきっかけにもなったといえます。
病気による嗅覚と生活への影響
この病気がイサさんにもたらした最も大きな影響は、嗅覚を失ったことでした。
鼻茸が増えてにおいを感じる神経に影響が及び、においをまったく感じられなくなってしまったといいます。
嗅覚は味覚とも深くつながっているため、食事の「おいしさ」を感じ取ることも難しくなります。さらに整備の仕事では、ガソリン漏れなどの危険をにおいで察知できないことが命取りになりかねません。そのためイサさんは、目指していた整備工の道を諦めざるを得ませんでした。
病気は今も続いているのか
「イサさんの病気はもう治ったの?」と気になる方も多いでしょう。
好酸球性副鼻腔炎は、手術をしても再発しやすく、完全に治すことが難しい病気とされています。そのため、イサさんも病気と上手に付き合いながら生活していると考えるのが自然です。
2015年からは国の指定難病にもなっており、同じように悩む人が全国に大勢います。完治を断言できる病気ではありませんが、イサさんはその事実を受け止めたうえで、新しい生き方を切り開いていきました。病気は消えなくても、人生まで止まってしまうわけではないのです。
指定難病になると、一定の基準を満たした場合に医療費の助成を受けられる仕組みがあります。長く治療を続ける必要がある病気だからこそ、こうした支援は本人や家族にとって大きな支えになります。イサさんが病気を公表したことは、同じ病気を知らずに悩む人へのメッセージにもなりました。
綾戸智恵の息子は病気とどう向き合う?母の支えと現在
- 幼少期のいじめと不登校
- 病気を公表したテレビ出演
- 病気を抱えながら選んだ仕事
- 母として支え続けた日々
- 息子の病気についてまとめ
病気で夢を断たれたイサさんですが、その後の歩みは前向きそのものでした。
ここからは、イサさんが病気とどう向き合い、今をどう生きているのかを見ていきます。
幼少期のいじめと不登校
イサさんの困難は、病気が見つかるよりずっと前から始まっていました。
父がアフリカ系アメリカ人であるイサさんは、日本の小学校で見た目の違いからいじめを受けます。入学してまもなく学校へ行けなくなり、数年にわたって不登校の状態が続いたといいます。
このとき母の綾戸智恵さんは、自宅で勉強を教えながら息子に寄り添い続けました。やがて小学5年生のときに参加した屋久島の合宿をきっかけに、イサさんは自ら「ここで友達と学びたい」と願い、屋久島の小学校へ転校します。心の傷を乗り越えた経験は、後に病気と向き合う力にもつながっていきました。
大自然に囲まれた屋久島での生活は、内にこもっていたイサさんの心を少しずつ開いていきました。仲間とともに森を歩き、体を動かす日々のなかで、人と関わる楽しさを取り戻していったのです。困難があっても自分から一歩を踏み出せるこの強さは、のちに病気で進路を断たれたときにも、確かに生きることになりました。
病気を公表したテレビ出演
イサさんの病気が広く知られるようになったのは、テレビ出演がきっかけでした。
2017年11月15日、イサさんは母の綾戸智恵さんとともに「徹子の部屋」に出演します。この番組で、好酸球性副鼻腔炎によって嗅覚を失ったことや、新しく始めた仕事について語りました。
有名な母とともに自らの病気を公の場で語る姿は、同じ病気に悩む人たちにとって大きな励みになったはずです。病気を隠すのではなく前向きに発信するその姿勢に、母子のたくましさがあらわれていました。
テレビで紹介されたことで、好酸球性副鼻腔炎という病名を初めて知ったという人も多かったようです。芸能人の家族が病気を語ることには、世間の理解を広げる力があります。イサさんの率直な言葉は、まさにその役割を果たしたといえるでしょう。
病気を抱えながら選んだ仕事
嗅覚を失ったイサさんが選んだのは、意外にもコーヒーの焙煎という仕事でした。
きっかけは、同じ好酸球性副鼻腔炎を抱える南米出身の人物から届いたメールです。そこには「においを感じなくても、目と耳を使えばコーヒーの焙煎はできる」とつづられていました。
豆の色の変化や、はぜる音を頼りに焙煎するという方法に、イサさんは希望を見出します。すぐに勉強を始め、2017年には自身のブランド「まいど屋アフロ珈琲」を立ち上げました。病気で一度は夢を失っても、残された感覚で新しい夢をつかみ取ったのです。
イサさんは「母の音楽のように、自分のコーヒーを飲んだ人にいい心持ちになってもらいたい」という思いを語っていたといいます。嗅覚を失った焙煎士という逆境を、むしろ自分だけの強みに変えてみせたのです。
においを感じられない分、豆と向き合う集中力や観察力は人一倍磨かれていきました。病気があったからこそたどり着いた仕事だと考えれば、その一杯にはイサさんの人生そのものが詰まっているといえるでしょう。
母として支え続けた日々
イサさんが病気を乗り越えられた背景には、母・綾戸智恵さんの存在がありました。
綾戸智恵さんは元夫のDVで離婚し、シングルマザーとしてイサさんを育ててきた人です。自身も乳がんを患い、実の母の介護にも向き合うなど、苦労の絶えない人生を歩んできました。
それでも綾戸智恵さんは、いじめ・不登校・病気というイサさんの困難のたびに、いつもそばで支え続けました。歌手として多忙ななかでも、息子の人生に寄り添う母であり続けたのです。
綾戸智恵さん自身、高校時代に渡米して音楽を学び、40歳という遅咲きでデビューを果たした苦労人です。生活のために英語教師や給食の調理員として働きながら息子を育てた時期もありました。困難を乗り越えてきた母の背中は、病気と向き合うイサさんにとって何よりの手本だったでしょう。
「悔しかったら、ここまで生きてみい」――綾戸智恵さんが母から受け継いだというこの言葉は、そのまま息子イサさんへも受け継がれているように感じられます。病気を抱えたイサさんが前を向けたのは、この強い母の愛があったからにほかなりません。
綾戸智恵の息子の病気についてまとめ
- 綾戸智恵さんの息子イサさんは、好酸球性副鼻腔炎という病気を患った
- 2014年ごろ発症し、鼻茸の多発で嗅覚を失った
- 味覚にも影響が出て、目指していた整備工の夢を断念した
- 手術しても再発しやすく、2015年から国の指定難病になっている
- 2017年に「徹子の部屋」で病気と新しい仕事を公表した
- 同じ病気の人の助言を受け、コーヒー焙煎士の道へ進んだ
- 母・綾戸智恵さんの支えのもと、病気と向き合いながら前向きに生きている
病気によって大切な感覚を失っても、イサさんは決して下を向きませんでした。失ったものを嘆くのではなく、残された力でできることを探し続けた姿勢こそが、今のイサさんを形づくっています。病気と向き合う息子と、それを支え続けた綾戸智恵さん。二人の歩みは、困難のなかにこそ新しい道が開けることを静かに教えてくれます。

