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東ちづるさんの「ちづる」はひらがなですが、これは芸名なのでしょうか。
先に結論をお伝えすると、所属事務所が「本名」として出しているのは、ひらがなのままの「東ちづる」です。
ところが漢字になると話が変わり、ネット上では「東智鶴」「東千鶴」「堀川智鶴」の三つが同時に流通しています。
この記事では、どの表記がどこから来たのかを一つずつたどって、確認できることと確認できないことを分けて整理します。
目次
東ちづるの本名はひらがなのまま|漢字表記が三つに割れている理由
まずは、公式に何が出ていて、何が出ていないのかを確認していきます。
- 事務所が公表している本名
- 地元紙が載せた漢字の名前
- 恩師が呼びかけた名前
- 「千鶴」表記が生まれた経緯
- 三つの表記が同時に残る仕組み
事務所が公表している本名
最初に押さえておきたいのは、「東ちづる」という表記そのものが本名だという点です。
所属事務所のホリプロが講演の依頼者向けに出していたプロフィールには、「本名:東ちづる」とはっきり書かれています。
ウェブアーカイブに2014年の版が保存されているPDFで、生年月日は1960年6月5日、出身地は広島県、血液型はAB型と並んでいます。その一行目に「本名」として置かれていたのが、ひらがなの「東ちづる」でした。
芸能界に入るときに新しく作った名前ではない、ということになります。事務所が「本名」と言い切っているのですから、ここは動きません。
ただ、そこから先が出てこないのです。現在のホリプロ公式サイトのプロフィールに載っているのは、氏名と生年月日と趣味の三つだけ。本名という項目自体がありません。
公式ブログのプロフィールにも、誕生日・出身地・血液型・趣味・所属事務所しか書かれていませんでした。漢字でどう書くのか。その一点だけが、公式のどこにも出ていないのです。
先に、確認できている情報を一覧にしておきます。
| 本名(事務所が公表) | 東ちづる(ひらがな) |
| 漢字での表記 | 公式には公表されていない |
| 生年月日 | 1960年6月5日 |
| 出身地 | 広島県因島市土生町(現・尾道市因島) |
| 名字の読み | あずま |
| 所属 | ホリプロ系列のプロダクション パオ |
| 肩書き | 女優・タレント/一般社団法人Get in touch理事長 |
それでは、漢字の表記を追いかけていきます。
地元紙が載せた漢字の名前
漢字の記録は、意外なところに残っていました。
因島と瀬戸田の地域を扱う週刊新聞、せとうちタイムズです。2002年9月14日号に、母校の因島高校で講演した東ちづるさんの記事が載っています。
その記事の末尾に付けられたプロフィール欄に、「本名東智鶴」と記されています。
続けて「昭和35年(1960年)6月5日因島市土生町生まれ」「53年因島高校卒」「在学中はマンガ研究会」「55年(1980年)関西外国語大学短期大学部卒後OLから芸能界へ転身」とあります。生年月日も学歴も、事務所のプロフィールと食い違いません。
この記事の日付には意味があります。2002年は、東ちづるさんが結婚する前の年です。そしてWikipedia日本語版に本名が書き込まれるのは2008年ですから、それより6年も前ということになります。
ネットの記述を写したものではない、という点が大きいところです。地元の新聞が、地元出身の女優さんを紹介するために添えた一行。出どころとしては、かなり素性のはっきりした記録だと言えます。
恩師が呼びかけた名前
同じ新聞に、もう一つの手がかりが残っていました。
翌2003年、東ちづるさんの結婚を伝える記事です。8月28日に堀川恭資さんと入籍し、9月1日に東京都内で結婚報告の会見を開いたことが報じられています。
この記事には「恩師友人メッセージ」という欄が付いていました。そこに寄せられた一本の見出しが、これです。
「よかったね智鶴さん」
書いたのは岡野興次さん。肩書きは「土生中3年B組担任」、つまり中学3年のときの担任の先生でした。本文でも「繰り返し目標を掲げて挑戦しようとする智鶴さんの姿を思い起こしています」と、同じ漢字が使われています。
教え子を名前で呼ぶ立場の人が、地元紙の紙面で「智鶴さん」と書いています。
これはかなり重い記録です。人物の取り違えもありません。この文章には「3年B組・生徒会役員・軟式庭球等々の中学生活」という一節がありますが、東ちづるさんが中学時代にテニス部と生徒会で活動していたことは別の資料からも確認できます。
同じ紙面には、幼なじみの串野いづみさんのコメントも載っています。土生小学校と土生中学校で同級生だった方で、ボランティア活動をきっかけに再会したと紹介されていました。
顔と名前を知っている人たちが実名で寄せた文章が、そのまま新聞に出ている。ネット上の記述とは、情報の厚みがまるで違います。
「千鶴」表記が生まれた経緯
では、もう一つの「千鶴」はどこから来たのでしょうか。
たどっていくと、Wikipedia日本語版の編集履歴に行き着きます。この記事の本名欄は、これまで何度も書き換えられてきました。
順番に並べると、こうなります。2008年2月25日に「東 智鶴」が追加され、2013年1月14日に「堀川 智鶴」へ変更。2014年12月5日には「長期間出典が提示されなかった情報を除去」という理由で、いったん空欄になっています。
そして2020年7月31日、「堀川千鶴 旧姓 東」という形で復活しました。ここで初めて「千鶴」が登場します。
その表記は2022年6月13日に「誤字修正」という理由で「堀川智鶴」に直され、2024年2月20日には本名欄そのものが除去されました。
つまり「千鶴」がWikipediaに載っていたのは、2020年から2022年までのおよそ2年間だけです。しかもWikipediaの中でさえ、誤字として扱われて直されています。
現在の記事を開くと、本名の欄は空白のままです。導入部にも本名は書かれていません。二度にわたって「出典がない」という理由で消されてきた項目だからです。
三つの表記が同時に残る仕組み
ここまで来ると、検索するたびに違う漢字が出てくる理由が見えてきます。
Wikipediaの記述を丸ごと写しているサイトが、いくつもあるからです。そして、写した時期がそれぞれ違います。
ドラマ系のWikiサイトには「本名:東 智鶴」と書かれています。これは2008年から2013年までの版です。音楽イベント系のサイトには「本名:堀川 智鶴」とあり、こちらは2013年から2014年の版。百科事典を名乗る別のサイトには「堀川智鶴 (旧姓 東)」とあって、これは2022年から2024年の版にあたります。
書いてある中身が違うのではなく、コピーした瞬間が違うだけ。元をたどれば全部同じ一本の記事です。
厄介なのは、どのサイトも出典を示していないことです。Wikipedia側でも一度として出典が付いたことがなく、だからこそ二度も消されています。
整理すると、こうなります。漢字表記として最も確かなのは、地元紙と恩師のメッセージに残る「智鶴」です。「千鶴」は誤記から広まったものとみてよいでしょう。
ただし本人も事務所も漢字を公表していない以上、「これが戸籍の名前です」と言い切ることはできません。公式に確認できるのは、ひらがなの「東ちづる」までです。
東ちづるの本名をめぐる名前の話|読み方と名義の変遷
ここからは、名前にまつわるもう少し広い話に移ります。
- 「あずま」と読む名字の話
- デビューから変えていない名義
- 結婚を挟んでも変わらない表記
- 肩書きだけが増えていった
- 東ちづるの本名と表記のゆれまとめ
「あずま」と読む名字の話
「東」と書いて「あずま」。この読み方でつまずいた人も多いはずです。
姓氏研究家の森岡浩さんは、家庭画報の連載でこの名字を取り上げています。「東」の読みは大きく「ひがし」と「あずま」に分かれ、数は少ないものの「とう」もある、という説明です。
由来もそれぞれ違います。「ひがし」は本家から見て東側に分家した家が名乗ったもの。一方の「あずま」は京から見た東国を指す言葉で、のちに関東地方を意味するようになりました。関東出身という意味で名乗ったのが始まりだといいます。
分布には、はっきりした偏りがあります。近畿を中心に、東は岐阜・石川、西は徳島・香川までの範囲では「ひがし」の多い県と「あずま」の多い県が混在しているそうです。
それより西では沖縄県を除いてすべて「ひがし」が主流だと解説されています。
広島県は、その「それより西」に入ります。東ちづるさんの「あずま」は、出身地の広島では少数派の読み方ということになりますね。
読み間違えられやすいのも無理はありません。ひらがなの下の名前と組み合わさったことで、名字のほうまで読みが揺れやすい名前になっている、と言えそうです。
デビューから変えていない名義
芸能界に入ってから、名前を変えたことはあるのでしょうか。
結論から言えば、改名した記録は見当たりません。
経歴をたどると、1980年に関西外国語大学短期大学部を卒業し、会社員として働いたあとで芸能界へ移っています。テレビで顔が知られるようになったのは1987年に始まった料理番組のアシスタントからですが、その時点ですでに「東ちづる」でした。書籍の名義も一貫しています。
国立国会図書館の書誌データでは、著者名がすべて「東 ちづる」で登録されていました。
エッセイも絵本も、絵を担当した本も同じ。別名義で出した本は確認できません。ドラマのクレジット、司会の紹介、講演の告知。どこを見ても表記は変わらないのです。
それどころか、タイトルに自分の名前を入れた本まであります。『東ちづるのおいしいの好きッ!』『東ちづるのSUPERアイディア料理』といった料理本が、いずれも国立国会図書館に収蔵されています。名前を看板として前に出すことに、ためらいがなかった時期があったわけですね。
ちなみに同じ書誌データには、週刊朝日の「親子のカタチ」という連載記事も収録されています。責任表示は「東 ちづる」と「東 英子」の二人。母親の氏名が東英子さんですから、「東」が芸名用の姓ではなく実際の家の姓であることも、ここから確かめられます。
結婚を挟んでも変わらない表記
2003年8月28日、東ちづるさんは堀川恭資さんと入籍しました。
地元紙の記事によれば、8年間の交際を経ての結婚で、相手は和風料理店も経営するキャスティングコーディネーター。9月1日に東京都内で結婚報告の会見を開いています。
ここで気になるのが、姓の扱いです。日本では結婚すると夫婦どちらかの姓に揃えることになりますから、戸籍上の名字が変わっている可能性はあります。
ただ、それを本人が語った記録も、事務所が発表した記録も見つかりませんでした。仕事の上では、結婚の前も後も「東ちづる」のまま。テレビでも書籍でも講演でも、一度も変わっていません。
結婚した2003年には、日本女性放送者懇談会の放送ウーマン賞も受賞しています。受賞者一覧に並んでいるのも「東ちづるさん(女優)」という表記でした。入籍とほぼ同じ時期の記録ですが、名義が揺れた形跡はありません。
Wikipediaに一時期「堀川」という姓が書かれていたのは、この結婚から編集者が推測したものとみられます。実際、その記述に出典が添えられたことは一度もありませんでした。
戸籍がどうなっているかは公表されていない。そう書くのが正確なところです。
肩書きだけが増えていった
名前は変わらないのに、その前に付く肩書きはずいぶん増えました。
2012年、東ちづるさんは一般社団法人Get in touchを立ち上げ、理事長に就いています。掲げているのは「まぜこぜの社会」という言葉。違いをハンディにするのではなく、特性として面白がれる社会をつくろう、という考え方です。
東京都の「知事の部屋」には、2017年3月21日に「一般社団法人Get in touch理事長 東ちづる氏」として都庁を訪れた記録が残っています。
行政の公式ページに載る場面でも、名義はやはり「東ちづる」でした。
活動の幅も広がりました。2021年には東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の公式文化プログラムで、映像作品「MAZEKOZEアイランドツアー」の総合構成・演出・総指揮を担当しています。映画『まぜこぜ一座殺人事件~まつりのあとのあとのまつり~』では、企画・構成・プロデュースを務めました。
面白いのは、自分の名前はひらがなのままにしておきながら、造語のほうには漢字を当てて遊んでいるところです。2023年7月に出した『妖怪魔混大百科』は、「魔混」と書いて「まぜまぜ」と読ませます。絵も文章も本人の手によるものでした。
名前は動かさず、その前に付くものだけが増えていく。プロフィールの変遷を並べていると、そんな印象を受けます。
東ちづるの本名と表記のゆれまとめ
- 東ちづるさんの「東ちづる」は芸名ではなく本名で、事務所のプロフィールにも「本名:東ちづる」とひらがなで記載されている
- 漢字での表記は、本人も事務所も公表していない
- 地元紙のせとうちタイムズは2002年9月14日号で「本名東智鶴」と記し、生まれは因島市土生町と紹介している
- 2003年の結婚を伝えた同紙の記事では、中学3年の担任だった岡野興次さんが「よかったね智鶴さん」とメッセージを寄せている
- 漢字表記として現在いちばん確かなのは「智鶴」だが、公式の裏づけがないため断定はできない
- 「千鶴」はWikipedia日本語版に2020年7月から2022年6月まで載っていた表記で、同サイト上で「誤字修正」として直されている
- 「堀川」姓の表記は2003年の結婚をもとにした推測とみられ、出典が付いたことは一度もない
- Wikipediaの本名欄は2014年と2024年の二度、出典がないことを理由に除去され、現在は空欄
- ミラーサイトが写した時期の違いで、「東智鶴」「堀川智鶴」「堀川千鶴」が今も同時に流通している
- 名字の「あずま」は関東由来の読みで、「ひがし」が主流の広島県では少数派にあたる
- デビューから現在まで改名の記録はなく、書籍も国立国会図書館の書誌データですべて「東 ちづる」名義
- 肩書きは女優・タレントから、一般社団法人Get in touch理事長、映像作品の総指揮まで広がっている
「東ちづる 本名」と検索した方が知りたいのは、たぶん漢字だと思います。その答えは、いちばん確かな線で「智鶴」。地元紙の記事と、中学の担任の先生が寄せた言葉が、そう伝えています。
一方で、本人と事務所が公表しているのは、ひらがなの「東ちづる」までです。ここを飛び越えて「戸籍名はこれです」と書いてしまうと、二度も出典なしで消されてきたWikipediaの記述と同じことになってしまいます。
三つの表記が今も並んでいるのは、誰かが嘘をついているからではありません。出典のない一行が写され、写した先で止まったまま残っているからです。名前ひとつを確かめるだけでも、どこから来た情報なのかを見る価値はある、ということなのでしょう。
