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「清水よし子 病気」と検索して、体調を心配された方が多いのではないでしょうか。
先に結論をお伝えすると、清水よし子さんが病気を公表した記録は確認できませんでした。
健康に関して確認できた出来事は、2017年に報じられた足の骨折だけです。これはけがであって、病気ではありません。
この記事では、確認できる事実だけを並べながら、なぜこのキーワードが検索されているのかを整理していきます。
目次
清水よし子の病気は公表されている?調べて分かった事実
まずは、何が確認できて、何が確認できなかったのかを先に整理します。
- 病名が公表された記録はない
- 確認できたのは足の骨折だけ
- 骨折はけがであって病気ではない
- 相方にも公表記録はない
- 事務所プロフィールに休養の記載なし
病名が公表された記録はない
清水よし子さんが病気を公表した記録は、確認できませんでした。
確認先は四つです。所属事務所である石井光三オフィスの公式プロフィール、本人が続けているオフィシャルブログ、Wikipediaの本人記事、そしてスポーツ紙や芸能メディアの報道。この四つのどこにも、病名の公表や闘病・療養・休養に関する記載はありませんでした。
先に、分かっていることを一覧にしておきます。
| 病名の公表 | 確認できず |
| 闘病・療養の報道 | 確認できず |
| 確認できた健康関連の出来事 | 2017年7月に報じられた足の骨折 |
| 手術・入院 | 骨折の治療として実施。同じ月に退院 |
| 休養・活動休止 | 記録なし。舞台・テレビへの出演が続いている |
| 相方・竹内都子さん | 病気を公表した記録は確認できず |
健康の話題というのは、本人が語らないかぎり外側から確かめようがありません。だからこそ、書けることと書けないことの線引きがはっきりしています。
検索結果には病名らしき言葉を並べた記事も出てきますが、出典までたどると本人の発言にも報道にも行き当たりませんでした。この記事では、そうした推測を事実として扱いません。分からないものは分からない、と書くほうが誠実だと考えています。
確認できたのは足の骨折だけ
健康にまつわる話題でひとつだけ、はっきり報じられた出来事があります。2017年7月24日付のデイリースポーツが「フィギュア練習中に足骨折『バキッって音が』」という見出しで伝えたものです。
フィギュアスケートの練習中に足を骨折し、入院して手術を受けていたことが同じ日に判明しました。しかも判明したその日に退院しており、本人がブログで報告しています。包帯を巻いた足の写真が添えられていました。
ブログに書かれていたのは、飾らない一言でした。
「骨折して手術して入院してました」「今日退院しました」
骨折した瞬間についても、そのまま書き残しています。
「骨折れた時、バキッって音が聞こえました」
背景にあるのは趣味の話です。フィギュアスケート歴は約12年で、公式サイトのプロフィール欄にも「フィギュアスケート1級」と記載されていました。日頃からレッスンを受け、大会にも出場する本格派です。
このときは、2017年8月にカナダ・バンクーバーで開かれる大会に初参加すべく猛特訓中でした。
人生で初めての骨折であり、初めての手術と入院でもありました。
本人の言葉には、悔しさよりも照れが混じっています。
「毎年出ちゃおうっていうくらい、張り切っていたのですが 張り切りすぎて骨折して出られなくなりました」
骨折はけがであって病気ではない
ここが一番大事なところです。「手術」「入院」という言葉だけが切り取られると、重い病気を想像してしまいます。ただ、原因はスケートリンクでの事故でした。
手術と入院は骨折の治療であって、病気の治療ではありません。
デイリースポーツの記事本文にも、病名や持病への言及は一行もありませんでした。報じられているのは、練習中に転倒して骨が折れた、手術をした、退院した、という一連の流れだけです。
退院後のブログには、骨折がよほど怖かったことをうかがわせる一節も残っています。
「あーんこわーい!もう絶対、骨折は嫌です。トラウマで、なんとなくもう折れるというのが怖いので これからは、食べ終わったお弁当箱に入るようにと、割りばしも折らないし ごぼうを買って長いから半分に折って袋に入れたりしないで長いまま持って帰ります」
割りばしもごぼうも折らない、という発想の飛び方に人柄が出ています。深刻な話を深刻なまま置いておかないところが、この方らしいところでしょう。
氷とのつながりでいえば、もうひとつ確認できる話があります。一人娘さんがシンクロナイズドスケーティングの日本代表だったことを、2017年8月放送のテレビ東京系『じっくり聞いタロウ』で公表しているのです。娘さんが氷の上で戦い、母親も氷の上でレッスンを重ねていた。骨折はその延長線上で起きた出来事でした。
相方にも公表記録はない
コンビで活動してきた方の場合、片方の情報がもう片方に混ざって伝わることがあります。念のため、そちらも確認しました。
ピンクの電話の相方は竹内都子さんです。1962年2月5日生まれ、本名は菅原都子さん、ツッコミ担当。1995年に俳優の菅原大吉さんと結婚しています。大阪府吹田市の出身で、大阪府立千里高校を卒業後、大阪芸術大学を中退して1984年に劇団七曜日へ入団しました。
相方の竹内都子さんについても、病気を公表した記録は確認できませんでした。
つまり「相方の病気の話と混同されている」という説明も、この件では成り立ちません。どちらの側にも、公表された病歴が存在しないからです。
二人の関係が今も続いていることは、ブログから分かります。2026年6月20日には、竹内都子さんの舞台を観に行った日の記事が投稿されました。愛称の「みやちゃん」で呼びかけるいつもの調子で、舞台の感想がつづられています。
事務所プロフィールに休養の記載なし
所属事務所は石井光三オフィスです。公式プロフィールに載っている情報を並べると、本名は浅田美子さん、1958年6月29日生まれ、大阪府出身、身長は163cm。特技は日本舞踊とシャンソンで、日本舞踊は山村昇甘という名取名を持っています。趣味は油絵と料理。
このプロフィールに、病気・休養・療養に関する記載は一行もありません。代わりに並んでいるのは、新しい仕事の告知です。
「NEW!」の印がついていたのは二本。舞台「マクベス2026」が2026年8月29日から9月2日まで三越劇場で上演されること、そして映画「愛の道草」(脚本・監督は出馬康成さん)が2027年3月に公開予定であることです。
ブログについても「『ハイトーンボイス〜私、うら声ないんです』好評更新中」と紹介されています。事務所が公式に案内している窓口が、そのまま今も動いているという形です。
公表されている仕事の予定が、翌年の映画公開まで並んでいる。ここでは、その事実だけを記しておきます。
清水よし子が病気と検索される理由|現在の活動から確認できること
では、なぜこのキーワードが検索されるのでしょうか。ここからも、確認できる事実だけを並べていきます。
- 同じ名前の別人が存在する
- 死亡説は事実と食い違う
- 舞台を中心に続く出演活動
- ブログに残る日々の記録
- コンビ結成から現在までの歩み
- 清水よし子の病気についてまとめ
同じ名前の別人が存在する
意外に思われるかもしれませんが、名前そのものに理由の一端があります。
「清水よし子」という名前を持つ別人が、実在しています。
Wikipediaの「清水よし子」の記事は、本文が始まる前に別人への注記が置かれている構成です。挙げられているのは二人。本名が「清水よし子」である女優の花井蘭子さんと、国文学者の清水好子さんです。
花井蘭子さんは1918年7月15日生まれで、1961年5月21日に亡くなっています。戦前から戦後にかけて活躍した女優で、本名がそのまま「清水よし子」でした。
つまり、この名前で検索した人が、別人である故人の情報に触れる可能性はもともと存在しています。百科事典の側がわざわざ冒頭に注記を置いているのは、混同が起きやすいと判断されているからにほかなりません。
検索エンジンは名前の文字列で情報を集めます。同じ表記を持つ人物が複数いれば、結果は混ざります。名前が重なっているという、それだけの理由で心配の種が生まれることがあるわけです。
死亡説は事実と食い違う
生存を確かめたくて検索した方のために、確認できる事実を並べます。
Wikipediaの本人記事は「存命人物」のカテゴリに分類されており、没年月日の欄は空欄のままです。
ご存命で、現在も俳優として活動を続けています。
直近のテレビ出演もはっきりしています。2026年3月3日、ABCテレビ『相席食堂』の「桃の節句相席」企画に出演しました。訪ねたのは静岡県袋井市。お寺のひな祭りイベントで32段・約1200体という圧巻のひな人形を見学しています。
日本舞踊の名取でもあるため、その場で舞を披露する場面もありました。これに対して千鳥から「コウメ太夫?」というツッコミが飛び、スタジオが沸いています。ご当地グルメの「たまごふわふわ」を味わい、パクチーの生産者を訪ねる場面もありました。
この放送を伝えたORICON NEWSの記事にも、体調に関する記述は一切ありません。書かれていたのは「わしらが子供の頃からこんな感じ!」という千鳥の一言と、1980年代後半から90年代にかけて凸凹コンビで人気を集めた当時の話でした。
舞台を中心に続く出演活動
「最近テレビで見かけない」という感覚が、検索のきっかけになることもあります。ここは、公式プロフィールの舞台歴を見ると事情が分かります。
2023年は「SAKIMORI」。2024年は「恋文〜KOIBUMI〜」(劇団はーとふるはんど・三越劇場)、「ブルーストッキングレディース」(内幸町ホール)、「セブンスヒーロー」(博品館劇場)、「シン・おんな剣劇 仇討ち道中」(博品館劇場)、「軽井沢殺人事件」(渋谷伝承ホール)と、一年で五本が並びます。
2025年も止まりません。「また逢いたいね」(三越劇場)、「昇る太陽たち 元始、女は太陽だった」(六本木クラップス)、「リア王 2025」(三越劇場)、そして前年に続く「軽井沢殺人事件」。2026年はLive「歓ぶ女たち」(六本木クラップス)と「櫻の國の傳説」(渋谷伝承ホール)が並び、そこへ「マクベス2026」が続きます。
テレビの仕事も途切れてはいません。プロフィールにはNHK「作りたい女と食べたい女」、テレビ朝日「時効警察はじめました」、TBS「わたし、定時で帰ります。」、フジテレビ「ぽかぽか」、BSフジ「クイズ!脳ベルSHOW」といった番組名が挙がっています。
さらに映画「愛の道草」の公開が2027年3月に控えています。活動の重心が舞台に移っている、というのが確認できる範囲でもっとも素直な説明になりそうです。
ブログに残る日々の記録
日々の様子がいちばんよく分かるのは、本人のブログです。「ハイトーンボイス〜私、うら声ないんです」は2009年5月に開設され、ほぼ毎日のペースで更新が続いています。
2026年6月の記事を並べてみると、習い事の多さに驚かされます。日本舞踊の稽古のために大阪・高槻の稽古場へ向かい、書道の稽古に通い、三味線で「東雲節」の弾き唄いに取り組む。羽村市のマジシャンのもとへマジックを教わりに行った日もありました。
同じ月には、サッカーワールドカップの観戦でダラスからサンディエゴへ移動する旅の記事も投稿されています。映画「愛の道草」の劇中で歌う小唄のレコーディング、『徹子の部屋』の収録と、仕事の記録も並びます。
2026年8月に入ると、話題は「マクベス2026」の稽古一色になります。世田谷の稽古場での日々、共演者とのやりとり、そして8月15日には実寸の舞台セットでの稽古が始まったという報告。8月20日の『徹子の部屋』出演の告知も、本人の言葉で出されました。
体調不良や通院を伝える記事は、確認できた範囲では見当たりませんでした。
コンビ結成から現在までの歩み
最後に、これまでの歩みを振り返っておきます。
大阪府に生まれ、大阪信愛女学院を卒業。「劇団俳小」を経て、1984年に「劇団七曜日」へ入団しました。芝居の世界からスタートした人だということは、近年の舞台中心の活動と重ねると腑に落ちます。
同期だったのが竹内都子さんでした。二人は1986年に『ピンクの電話』を結成します。もっとも、始まりはコンビではありません。当初は「大阪シスターズ」というトリオで、メンバーの一人だった田中尚子さんが脱退したことで二人組になり、改名しました。「ピンクの電話」という名前の名付け親は渡辺正行さんです。
お笑いの道を薦めたのは、事務所の主宰だった石井光三さんでした。『ザ・テレビ演芸』で9週勝ち抜きを果たし、デブと痩せの凸凹コンビとして茶の間に浸透していきます。甲高い声のインパクトも大きく、TBS『関口宏の東京フレンドパーク』でヘリウムガスを吸っても声が変わらなかった、という逸話まで残りました。
私生活では1992年に出版社社長と結婚し、一人娘に恵まれています。二人ともが結婚し、家庭を持ったことで、活動はそれぞれのピンが中心になりました。
ただ、コンビは解消していません。2016年3月24日には『ダウンタウンなう』で10年ぶりに共演し、2017年3月21日の結成30周年には渋谷La.mamaでコントを披露しています。
清水よし子の病気についてまとめ
- 病気を公表した記録は、公式プロフィール・本人ブログ・Wikipedia・報道のいずれにも確認できなかった
- 健康に関して確認できた唯一の出来事は、2017年7月に報じられた足の骨折
- 骨折の治療として手術と入院を受け、同じ月のうちに退院している
- 骨折の原因はフィギュアスケートの練習中の事故で、けがであって病気ではない
- 相方の竹内都子さんについても、病気を公表した記録は確認できなかった
- 「清水よし子」という同じ名前を持つ別人(女優・花井蘭子さん)が実在する
- Wikipediaでは存命人物に分類され、没年月日の欄は空欄のまま
- 舞台を中心に出演が続き、ブログもほぼ毎日更新されている
病名を書いた記事を見かけても、出典までたどると本人の言葉にも報道にも行き当たりません。健康の話は、本人が語ったときにはじめて事実になります。
清水よし子さんについては、その言葉がまだ出ていない。それがこの記事の結論です。心配する材料ではなく、次の舞台を待つ材料のほうが、はるかに多く見つかりました。

