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プロレスラーのジャガー横田さんと医師の木下博勝さんの長男として、子供の頃からテレビで成長が伝えられてきた木下大維志(きのした・たいし)さん。中学受験と高校受験の様子が大きな話題になっただけに、どの学校に進んだのか気になる方も多いのではないでしょうか。
大維志さんはインターナショナルスクールから公立小学校、公立中学校を経て、長野県の佐久長聖高校を2025年3月に卒業しました。
中学受験は2勝7敗、高校受験は1勝9敗と、どちらも苦しい結果を家族が公表してきました。
この記事では、木下大維志さんの学歴を、本人や両親が公にした内容と報道をもとに時系列で整理します。
目次
木下大維志の学歴|インター小から中学受験まで
- 学歴の一覧と名前の読み方
- 小学校はインターから公立へ
- 番組が密着した中学受験
- 中学受験の結果は2勝7敗
- 進学先は学区外の公立中
まずは学歴の全体像と、小学校から中学校までの歩みを見ていきます。
学歴の一覧と名前の読み方
木下大維志さんの名前は「たいし」と読みます。スポーツ紙も「大維志(たいし)くん」とふりがなを付けて紹介してきました。
生まれは2006年11月で、母はプロレスラーのジャガー横田さん、父は医師の木下博勝さんです。生まれた場所はハワイだと、ジャガーさんがのちのインタビューで話しています。
一人息子で、家族からは「ジャガージュニア」を縮めた「JJ」という愛称で呼ばれてきました。両親と一緒に、家族のYouTube「ジャガー横田ファミリーチャンネル」にもたびたび登場してきました。
学歴について、本人や両親が公にした内容と報道で分かっていることを、先に一覧にしておきます。
| 小学校 | インターナショナルスクールから、小学4年で公立小学校へ転入 |
| 中学受験 | 2019年2月に結果発表。2勝7敗(第一志望の広尾学園は不合格) |
| 中学校 | 学区外の公立中学校(校名は報じられていない) |
| 高校受験 | 2022年3月に合格。1勝9敗(10校目で合格) |
| 高校 | 佐久長聖高校(長野県・寮生活)。2025年3月に卒業 |
| 卒業後 | 2025年8月にアメリカへ渡った |
学校名がはっきり伝えられているのは、家族が自分たちで公表した高校と、テレビ番組で明かされた中学受験の第一志望校です。小学校と中学校は「インターナショナルスクール」「公立」という種類までで、校名は大手の報道では伝えられていません。中学受験と高校受験の結果は、番組や家族の発信で一つずつ公表されてきたため、合否の数まで分かっています。
インターネット上には中学校などの具体的な校名を挙げる記事もありますが、出典が示されていないものでした。この記事では、本人や両親が公表し、報道で確認できた学校名だけを紹介します。
父が医師ということもあり、「医学部に進んだのか」という点も関心を集めてきました。小学生の頃は「外科医になりたい」と話していた大維志さんですが、進路の希望は中学、高校と進むなかで変わっていきます。ここからは、小学校時代から順番に見ていきましょう。
小学校はインターから公立へ
大維志さんの学びの出発点は、インターナショナルスクールでした。ジャガー横田さんは2023年のアエラデジタルのインタビューで、その理由を説明しています。
「息子はハワイで生まれたのでアメリカ国籍も持っています」。将来を見据えて英語を身につけさせたいという考えから、幼い頃からインターナショナルスクールに通わせたそうです。
小学校も、インターナショナルスクールを受験しています。木下博勝さんは2024年3月、合格通知が見つかったとして、自身の投稿で当時を振り返りました。試験は校長先生と親子の英語での面談で、「事前に想定質問の答えを準備して、暗記してのぞみましたが、全く違う質問しかされず」と苦労を明かしています。
面接の最後には、校長先生がアメの入った缶を差し出す場面がありました。どうぞと言われる前に取ってはいけない、1つしか取ってはいけないと聞いて対策していたのに、大維志さんは「どうぞと言われる前に2個取ってしまいました」。木下さんは帰りの車内で激怒したそうですが、結果は合格で、家族で大喜びしたと伝えられています。
親の面接では、ジャガーさんが「レスリング部のコーチをやりましょうか!」と話して木下さんを驚かせたという、この家族らしい一幕もありました。
一方で、英語中心の環境には悩みもありました。ジャガーさんによると、小学校低学年の頃の大維志さんは物静かで、後になって「日本語が分からなくて反論できなかった。言葉が出ないんだよ」と打ち明けたそうです。
中学受験を考えた両親は、小学4年のときに大維志さんを公立の小学校へ転入させました。
ジャガーさんは「日本語を覚えるのが遅かったんです」とも話しており、受験勉強では国語が大きな壁になっていきます。勉強を見たのは木下さんで、ジャガーさんは夜食の準備などで支えました。「1日10時間ぐらい毎日勉強していましたね」という言葉からも、小学生のうちから机に向かう時間が長かったことが分かります。
番組が密着した中学受験
大維志さんの名前が広く知られるきっかけになったのが、中学受験です。日本テレビ系の情報番組『スッキリ』が受験までの道のりに密着し、1回目は2018年9月27日に放送されました。
出演を決めるまでには、親としての迷いがあったといいます。ジャガーさんは放送前日のブログで「簡単に決められることではありませんでした」と明かし、「大維志の気持ちだけを優先して出演を決めました」とつづりました。本人は「大きなプレッシャーを逆にバネにする!」と話していたそうです。
第一志望は、医進サイエンスコースがある広尾学園でした。
父と同じ医師の道に進みたいという思いからの選択です。ただ、インターナショナルスクールに長く通っていたことから国語が苦手だと番組で紹介され、家庭教師がついて受験勉強が始まりました。ジャガーさんの著書を紹介した報道によると、出発点の偏差値は41で、そこから1日10時間の勉強を重ねたといいます。
受験は本人の意思でもありました。小学5年のとき、やる気が見えない息子に木下さんは「やる気がないなら受験しなくていい。おまえの人生なんだから。勉強を一切しなくていいから考えて自分で決めなさい」と伝えたそうです。2週間ほど本当に何も勉強させなかったところ、大維志さんは自分から「受験する」と言いました。
ジャガーさん自身は中学卒業後にプロレスの世界へ入ったため、中学受験は未知の世界でした。遊びたい盛りに勉強を続ける息子を「かわいそう」と思ってしまうこともあったと振り返っています。
「テレビで密着取材が入っていたので、プレッシャーも凄かったと思います」。父には言わない愚痴を母にはこぼしていたそうで、ジャガーさんはその言葉を受け止める役に回っていました。
木下さんも受験前は毎朝息子と過ごして勉強を見ていたといい、受験が終わった直後のブログには、久しぶりに一人で迎えた朝を「少し寂しい朝でした」と書いています。家族3人が同じ目標に向かった数か月でした。
中学受験の結果は2勝7敗
結果は、2019年2月11日の『スッキリ』で発表されました。
通算は2勝7敗で、第一志望の広尾学園には届きませんでしたが、医学部を持つ有名大学の付属中学2校に合格しています。
報道をもとに、受験の流れを順に追ってみます。
1校目は医学部への進学者が多い埼玉の私立中学で、300点満点のうち合格ラインは172点でした。本人は自信を見せていましたが、得点は125点で不合格。「ウソでしょ?こんなに低いか?」と驚いていたそうです。
2校目の、医学部を持つ有名大学の付属中学校は合格でした。「うれしくないですよ」と言いながらも、笑顔を見せたと伝えられています。
本命の広尾学園本科は3回受けられる仕組みでしたが、1回目、2回目とも不合格でした。別の私立の中高一貫校も3回受けて、すべて不合格に終わっています。
最後の挑戦になった広尾学園本科の3回目は、定員20人に対して出願465人、倍率23倍超という狭き門です。合格発表に自分の番号はなく、大維志さんは「悔しい。受かってる子たちは俺より頑張ってた。努力不足」と結果を受け止めました。
その後、医学部がある有名大学の付属中学の特進コースを急きょ追加で受験し、合格をつかんでいます。このとき、いちばんの笑顔を見せたと報じられました。
発表の日、大維志さんはジャガーさんとスタジオに生出演し、「親への感謝とか、家族の絆にちょっと気づけたかな。応援してくださった色んな人たちもひっくるめて感謝したい」と語りました。翌月に開かれたジャガーさんの著書の発売記念イベントでは「多少は喜びました。無謀な戦い。受験をなめてました」と、落ち着いた口ぶりで振り返っています。
受験を終えた直後、木下さんはブログに「受験前とは明らかに家族が良い方向に変わった気がしております」と書いていました。ジャガーさんも「主人の偉大さを感じたお受験だった」と、息子と二人三脚で走った木下さんに感謝を伝えました。なお、ここで参照した報道には、合格した2校の校名は書かれていません。
進学先は学区外の公立中
私立中学2校に合格した大維志さんですが、進学先に選んだのは私立ではありませんでした。アエラデジタルは、医師を志す将来を考えて親子で話し合い、学区外の公立中学校に進学したと伝えています。
進んだのは公立中学校で、校名は大手の報道では伝えられていません。
中学受験が終わったとき、大維志さんは「ああ…また勉強しないといけないのか」とつぶやいたそうです。ジャガーさんは、この言葉が忘れられないと話しています。
「落ちたことがショックだったのではなく、また勉強をしないといけないことがつらかったんだなって」。人前で泣いたり落ち込んだりしない息子が、ふと漏らした一言だったからこそ、頭から離れないのだといいます。
入学を前にした3月のイベントでは、「今は遊びたいってのはあります」と受験を終えた本音ものぞかせていました。
2019年4月、中学校生活が始まりました。木下さんはブログに詰め襟の制服姿の写真を載せ、「たいしは、中学生活が始まって、楽しみながらドタバタしております」と報告しています。朝か夜には必ず息子と話し合う時間を持ち、学校生活の過ごし方を親子で考えていたそうです。
ただ、入学後の成績は下がっていきました。ジャガーさんは「燃え尽きた部分もあったのかもしれません。やる気がなくなってしまって」と振り返っています。
将来の夢にも変化がありました。ジャガーさんによると、大維志さんは中学に入って早々に医師には「なりたくない」と言い、海外の大学へ進んで起業したいと考えるようになったといいます。
それでもジャガーさんは、中学受験に挑んだことを後悔していないと語りました。挫折を味わって痛みを知り、場の空気を読んだり相手の考えを読み取ったりしようとする意識が見えるようになった、というのがその理由です。「中学受験したから今があるとも言えるし、こうなったのも必然かもしれません」という言葉に、母としての受け止め方が表れています。
木下大維志の学歴|高校受験から卒業後の進路
- 高校受験は9校連続で不合格
- 10校目で合格した佐久長聖高校
- 寮生活と定期テストの成績
- 在学中に決めた海外進学
- 高校卒業とアメリカへの渡米
- 木下大維志の学歴まとめ
ここからは、再び注目を集めた高校受験と、長野での高校生活、卒業後の進路を見ていきます。
高校受験は9校連続で不合格
中学3年になった2021年9月、木下さんはインスタグラムで、大維志さんが公立高校の受験を目指していることを明かしました。「昨夜は、模試の成績が予想より悪かった息子と、話し合いました」とつづり、「公立高校受験の最大の重要期間である二学期を、いかに過ごすか」と父としての悩みも打ち明けています。
のちに家族のYouTubeで説明されたところによると、当初の目標は「都立国際」でした。塾を週5〜6回に増やして対策を進めましたが、秋の時点で内申点が予想より良くないことが分かります。「東大附属」に志望校を変えたものの、こちらも内申点が足りないと判明しました。
都立一本で受けたいという本人の希望に対し、学校からは私立も受けるよう勧められたそうです。こうして、都立と私立を合わせて10校に挑む長い受験が始まりました。
大維志さんは、合否を自分のインスタグラムで一つずつ公表していきます。2022年2月には、同じ学校の1次試験と2次試験に続けて不合格になったことを報告し、2月21日には都立高校を受験しました。3月に入ってからも、都立の2次募集や私立の追加募集に挑んでいます。
木下さんは3月1日、塾長から言われたという言葉を紹介しました。「20年以上この仕事してるけど、チャレンジ校だけ受けた訳では無いけど、滑り止めを受けなかった高校受験は初めてみた」。3月5日には「息子は内申点が良くないので、試験での得点がより重要になります」と、当日の点数にかける思いを記しています。
3月15日には6回目の不合格を公表し、3月18日の中学校の卒業式は、進学先が決まらないまま迎えました。
受験校の選び方を疑問視する声に対して、木下さんは卒業式の日に説明しています。「僕が息子の受験校を決めたわけではなく、3年間プロの方と話し合って、もちろんこちらの希望は伝えますが、プロの方の指導で、受験校を決めました」。息子の偏差値より上の学校は1校だけで、「殆どは自分の偏差値よりも低い学校、10以上低い学校も2校受けました」とも明かしました。
10校目で合格した佐久長聖高校
卒業式の翌日、2022年3月19日に待ちに待った知らせが届きます。大維志さんはインスタグラムに「合格」と書かれた入学試験結果の画面を投稿し、木下さんも「本日、合格した事を報告させていただきます」と報告しました。
9校続けて不合格になったあと、10校目でつかんだ合格でした。
木下さんは「応援してくださった皆様、そうで無い皆さんも、ありがとうございました」と感謝を伝えています。数日後には家族3人で数年ぶりの外食に出かけ、なじみの店の人たちから「タイシ君おめでとう!」と声をかけられました。木下さんは「長い冬がようやく春になったと実感しました」とつづっています。
4月から寮生活が始まることもあり、「家族で外食する機会は、今後あるのかな」と父としての寂しさものぞかせました。
3月21日付の家族のYouTubeでは、1勝9敗の全体像が親子で解説されました。ホワイトボードには受験した10校とみられる一覧が書かれ、最後の「私立60台」に桜のマークが付いていたと報じられています。
進学先は寮のある高校で、大維志さんは2022年4月から親元を離れました。入寮から10日ほどで初めて帰省した際、ジャガーさんは「まだ10日しか経って居ないオーバーだと思いますが…親はやっぱり嬉しいもんなんです」と心境を明かしています。帰りの車の中では、息子も口数が多かったそうです。
学校名が伝えられたのは、入学から数か月後のことでした。2022年7月初めに、家族がYouTubeやインスタグラムで、進学先は長野県の私立・佐久長聖高校だと公表したと報じられています。スポーツ報知によると、木下さんは合格の際に「佐久長聖高校の1類ですね。偏差値66ですね。相当高いですよ」と喜んでいたそうです。
ジャガーさんものちのインタビューで、「不合格が続きましたが、一番良い学校に合格したと思います」と話しました。寮に入ることへの寂しさはあったものの、勉強以外の生活面でも学ぶべきことが多いと感じていたといいます。
寮生活と定期テストの成績
高校生活の様子は、家族の配信を通じて伝えられてきました。高校1年の2022年7月21日の生配信では、大維志さんが返ってきた定期テストの結果を自分から公表しています。
高校1年の夏に公表した定期テストは、総合643点で、学年273人のうち59位という結果でした。
教科別では、一番良かったのが化学で「平均が60点くらい。自分は81点だった」、一番低かったのは現代文の51点だったと明かしました。得意の英語は77点ほどで、「文法がやっぱりちょっときついんだよね」と悔しさものぞかせています。
印象的なのは、勉強への向き合い方の変化です。大維志さんは「中学は勉強しなくても進学進級できるわけよ。いまの自分のクラスは(勉強)しないと生き残れない」と話しました。木下さんも「スタートダッシュとはいかないまでも頑張っている。中学のころとは違うなと思っている」と感心し、ジャガーさんは「やっぱりレベルが高いから。さすが佐久長聖だよね」と応じています。
同じ月の25日には、帰省中に母の記念興行でリングアナウンサーを初めて務めました。入場する選手を英語で呼び上げる方式に挑戦し、得意の英語を披露しています。ジャガーさんは「プロじゃないので、パフォーマンスと言うことで勘弁してあげて下さい」と、親の目線で少し辛口に評しました。
この興行を伝えた記事では、アメリカの大学への進学を考えていることも紹介されていました。
2023年に入ってからは、アメリカへ2週間の短期留学も経験しました。ジャガーさんは「海外の空気が合うんでしょうね。ホームシックとかは全然なくて本当に楽しかったって言っていました」と、帰国後の様子を語っています。
寮での3年間について、木下さんは卒業を前に「寮の先生方に迷惑をかけてきたに違いないので、この場をお借りして改めてお礼申し上げます」と感謝を記しました。入学式と文化祭、そして卒業式で3回、佐久長聖に足を運ぶことになるとも書いており、離れて暮らす息子の高校生活を見守ってきたことが伝わってきます。
在学中に決めた海外進学
大維志さんは、早い時期から海外の大学を進路に挙げていました。高校受験のさなかだった2022年2月には、フォロワーへの返信で、カリフォルニアの大学でコンピューターサイエンスを学ぶつもりだと書いています。物理や数学のような、計算をする学部に入りたいとも明かしていました。
高校2年の終わりにあたる2024年3月には、木下さんが方針をはっきり示します。「日本の大学は受験しませんが、海外に行くにしても、英語のテストで基準点は超えないといけないので、頑張っている様子です」。中学受験、高校受験と続いた親子の挑戦は、大学では海外に舞台を移すことになりました。
高校3年の2024年8月には、家族のYouTubeで進路の報告がありました。大維志さんは「ほぼ進路が決まった状態」と話し、海外へ留学することを明かしています。留学先はエージェントに希望に合うところを探してもらったと説明し、期間は4年間になる見込みだと話しました。
費用についても、木下さんが具体的な数字を挙げています。「寮費と学費で、日本円で大体1年間、550万円くらいですね」。日本の私立医大の1年間の学費より高いと驚き、「貯金しなきゃやばい」と焦る場面もあったそうです。
この配信で大維志さんは、全国模試の英語リスニングの偏差値が75、合計では69だったと成績も公表しました。父から「お前絶対勉強してないだろ」と言われたものの、記録は出したと胸を張っています。
それでも本人は満足していませんでした。「まだまだ学年順位で言ったら11位だったので、1位をやっぱり目指したいなと。結構、頑張ってます」と、さらに上を目指す気持ちを口にしています。
父と同じ医師の道ではなく海外で学ぶ道を選んだ背景には、本人の希望を尊重する家族の姿勢がありました。ジャガーさんは「自分のやりたい道に進めばいいんですよ」と話したうえで、「夢は夢で終わらせたらダメだよ」と伝えていると明かしています。
高校卒業とアメリカへの渡米
2025年1月、大維志さんは3年間暮らした寮を出ました。木下さんによると、寮の先生方に「3年間お世話になりました」と頭を下げてあいさつしてきたそうです。本人もインスタグラムに高校と寮の前で撮った写真を載せ、「佐久長聖、三年間世話になったな」と書き添えました。
2025年3月2日には、木下さんが卒業式に出席したことをインスタグラムで報告しています。「医学部にも何人も合格していますし、早稲田への進学も多い、そんなクラスだったそうです」と紹介し、最後の担任の先生の言葉に涙したとつづりました。卒業式にはジャガーさんと2人で出席する考えを、事前に明かしていました。
「クラスがJJと一緒に明るく盛り上がって、こんなにいい雰囲気だったのか、JJは高校生活が楽しくて幸せだっただろうと予想がつきます」。10校目でようやく決まった進学先は、親の目から見ても充実した3年間を過ごせる場所になっていたようです。
木下さんは卒業にあたり、「これが人生のゴールではなくスタートだ」と息子に伝えたといいます。「8月の留学まで、どう過ごすのか、も密かに楽しみです」とも書いていました。
「これからも親としては心配は続くと思いますが、少し気持ちが違う気がします」という一文には、息子の成長を感じた父の思いがにじんでいます。学校と寮に対しては「素晴らしい学校と先生方に恵まれて、幸せでした」と感謝を記しました。
卒業後の進路について、木下さんは2025年6月に「昨日初めて、JJは商学部に進むと分かりました」と明かしました。「金融を勉強する予定、と昨日初めて聞きました」とも書き、口出しをせずに見守ってきたと説明しています。
そして2025年8月、大維志さんはアメリカへ渡りました。
日刊ゲンダイは、本人がインスタグラムでサンフランシスコへの到着を報告したことと、アメリカの短大に進んだあと4年制大学への編入を目指すと明かしていることを伝えています。進学先の学校名は、確認できた報道では伝えられていません。
木下大維志の学歴まとめ
木下大維志さんの学歴について、分かっていることをまとめます。
- 名前の読みは「たいし」。2006年11月生まれで、愛称は「JJ」
- 幼い頃からインターナショナルスクールに通い、小学4年で公立小学校へ転入
- 中学受験は『スッキリ』が密着。第一志望は広尾学園で、結果は2勝7敗
- 医学部を持つ大学の付属中学2校に合格したが、学区外の公立中学校へ進学
- 中学校の校名は大手の報道では伝えられていない
- 高校受験は9校連続で不合格のあと、10校目で合格
- 高校は長野県の佐久長聖高校で、3年間の寮生活を送った
- 高校在学中に日本の大学を受験しない方針を公表し、2025年3月に卒業
- 2025年8月にアメリカへ渡った
二度の受験で味わった悔しさを、家族と一緒に包み隠さず伝えてきたのが大維志さんの学生時代でした。自分で選んだ道でのこれからの歩みにも注目です。

