仲野太賀の母は芸能事務所の社長!父が作った会社を継いだ驚きの経緯とは

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仲野太賀さんの父が俳優の中野英雄さんであることは、よく知られています。

ところが母親については、名前すらあまり表に出てきません。

調べてみると、ただの一般人ではありませんでした。ある会社の社長を務めていたのです。

しかも、その会社をもともと作ったのは父の中野英雄さんでした。

この記事では、仲野太賀さんの母がどんな人物なのか、そして親子の距離感までを整理していきます。

仲野太賀の母は何者?芸能事務所の社長という素顔

まずは母の正体から見ていきましょう。

  • 正体は芸能事務所の社長
  • 会社は夫から引き継いだものだった
  • 名前の由来をめぐる食い違い
  • 父が語るスタイルのよさ

正体は芸能事務所の社長

結論から書きます。仲野太賀さんの母は、芸能事務所の社長です。

名前は中野多加美さんといいます。読み仮名は公表されていません。まずは全体像を押さえておきましょう。

名前 中野多加美さん(読み仮名は非公表)
職業 芸能事務所の社長
会社 株式会社バグジーヒーローズクラブ
設立 1996年3月・所在地は渋谷区
もとの職業 夫・中野英雄さんのマネージャー

ここで先に断っておきます。社長といっても表に出る仕事ではなく、あくまで一般の方です。詳しい経歴や顔写真は公開されていません。

ちなみにこの事務所には、かつて森下千里さんが所属していました。現在はアパレル事業なども手がけているとされています。息子が俳優、夫も俳優、そして自身は事務所の社長。家族まるごと芸能の世界にいる、という珍しい一家なんですね。

会社は夫から引き継いだものだった

ここからが面白いところです。母が社長を務めるこの会社、実はもともと母が立ち上げたものではありません。

設立したのは、夫である中野英雄さんでした。

その後、中野英雄さんが別の事務所へ移籍します。残された会社を引き継いだのが、当時マネージャーを務めていた多加美さんだったのです。

つまり順番はこうなります。夫が作った会社で、妻がマネージャーとして働いていた。夫がそこを離れることになり、妻が社長の椅子に座った。ドラマのような流れですよね。

さらに、中野英雄さんにとって多加美さんは憧れの先輩だったとも語られています。憧れていた相手が自分のマネージャーになり、やがて妻になり、最後は自分の会社を継いだ。並べてみると、なかなかの物語です。

この経歴、さらっと書きましたが実はかなり重い話です。俳優のマネージャーというのは、スケジュールを管理するだけの仕事ではありません。仕事を取ってきて、現場と交渉して、時には本人を守る立場でもあります。

その役割を担っていた人が、会社そのものを引き受けた。しかも所属タレントを抱える事務所として、今日まで続いています。裏方に徹してきた人が経営者として立った、ということですよね。

息子が俳優として現場に立ち、父も俳優として現場に立ち、母だけが会社を回している。この家の力関係が、なんとなく見えてくる気がします。

名前の由来をめぐる食い違い

もうひとつ、母をめぐる話で外せないのが名前の由来です。

「太賀」という名前が誰の発案なのか、実ははっきりしていません。語られている説は主にふたつあります。

友達の息子の名前だったという説

ひとつは、友人の息子の名前から取ったという説です。身近にいた子どもの名前が気に入って、そのままもらったという流れですね。

父が大河に出たことがないからという説

もうひとつが強烈です。役者をしている父親が大河ドラマに出たことがないから、という説があるのです。

ここで思い出してほしいことがあります。その名前を付けられた息子は、のちに大河ドラマの主演に立ちました。父が届かなかった場所に、名前を託された子が立ったわけです。

そして肝心の「誰が付けたのか」については、父と母の間で言い分が食い違っているといいます。結局どちらが名付け親なのか、はっきりしないままなんですね。この曖昧さがまた、この家族らしいところかもしれません。

父が語るスタイルのよさ

母の外見についても、家族が語っています。

仲野太賀さんは母について、スタイルがよく、容姿も綺麗で、社長業もしていてかっこいい、と話しています。息子がここまで素直に褒めるのは、なかなかありません。

父の中野英雄さんの言い方はもっと分かりやすいものでした。ずんぐりむっくりの自分と違って、太賀は細くて母親似だ、と語っています。

自分を落として妻と息子を立てる。この一言だけで、家庭の空気がなんとなく伝わってきますよね。

仲野太賀と母の関係と、母方に隠れていた家系

ここからは親子の距離感と、母方の家系に触れていきます。

  • 執着しない放任主義の育て方
  • 自分から厳しい部活を選んだ理由
  • 母の味はカチャトーラ
  • 超マザコンと語った発言の真意
  • 母方の曽祖父にまつわる縁
  • 母と並んだ映画館の記憶
  • 母についてまとめ

執着しない放任主義の育て方

母の育児方針は、ひと言でいえば放任主義でした。

映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』のインタビューで、仲野太賀さんはこう語っています。母とはお互いに執着しない、干渉しない、放任主義。だから楽です。

母親という立場は、どうしても子どもに執着してしまうものです。それがない関係を「楽」と言い切れるのは、なかなかありません。

ただし、これには事情もありました。両親はずっと共働きだったのです。放任というより、放任せざるを得なかった側面もあったのでしょう。

とはいえ、愛情が薄かったわけではまったくありません。むしろ逆でした。怒られた回数は数えるほどしかなく、本人は甘やかされて溺れそうになった、と表現しています。

自分から厳しい部活を選んだ理由

その「溺れそう」という感覚が、面白い行動につながります。

このままではダメ人間になると自分で思い、あえて厳しいバスケ部を選んだというのです。

普通なら、甘やかされていれば楽なほうへ流れます。ところがこの人は、自分に足りないものを自分で見つけて、わざわざ厳しい環境へ入りにいきました。

親が押し付けた厳しさではなく、自分で選んだ厳しさ。放任主義がうまくいったというより、放任された子が自分で舵を取れる人間に育った、と言うべきなのでしょう。

母の味はカチャトーラ

家庭の話も少し。中野家の母の味は、意外なものでした。

カチャトーラです。チキンや玉ねぎをトマトで煮込んだイタリア料理で、映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』にも母の味として登場しています。

肉じゃがでもカレーでもなく、カチャトーラ。おしゃれすぎますよね。社長業をこなしながら、こういう一皿が食卓に出てくる家だったわけです。

放任主義と聞くと、食事も適当に済ませていた家庭を想像するかもしれません。ですが、母の味としてはっきり記憶に残る一皿がある時点で、そうではなかったことが分かります。干渉はしないけれど、手は抜かない。距離の取り方が一貫しているんですね。

超マザコンと語った発言の真意

母との関係について、仲野太賀さんはかなり踏み込んだ言い方をしています。

母は自分の根幹にある存在で、揺るがない基準なのだと語り、そのうえで「結構甘えん坊で、超マザコンなんですよ」と続けています。

ただ、この発言には続きがありました。だからといってママ、ママ〜という感じではないので、そこは書いておいてほしい。そう念を押したうえで、でも大好きですよ、と締めているのです。

べったり甘えるわけではないけれど、根っこの部分では絶対的に信頼している。執着しない放任主義の関係と、きれいにつながっていますよね。

母方の曽祖父にまつわる縁

そして、母をたどっていくと驚く事実に行き当たります。

仲野太賀さんは、ドラマ『シミュレーション〜昭和16年夏の敗戦〜』に出演しました。総力戦研究所の研究員を演じた作品です。

その際、本人がこう明かしています。私の母のおじいちゃんがたまたま、総力戦研究所の創設メンバーだった。

つまり、母方の曽祖父が実際に関わっていた組織を、ひ孫が演じることになったわけです。オファーを受けた時点では、誰も知らなかったことでした。

家族に作品の話をしたところ、おじいちゃんの身近にあった話かもしれない、という反応が返ってきたそうです。当時が自分にぐっと近付いてきた感じがした、強烈な縁を感じた、と本人は語っています。

母と並んだ映画館の記憶

最後に、母との思い出をひとつ。

仲野太賀さんの地元は杉並区の阿佐ヶ谷で、新宿がわりと近い場所でした。歌舞伎町にはかつて新宿ミラノ座という大きな映画館があり、現在は東急歌舞伎町タワーが建っています。

その映画館に、母と並んだ記憶があると語っています。目当ては『ハリー・ポッター』でした。

放任主義で、執着しない親子。それでも、映画を観るために一緒に列に並んだ時間はちゃんと残っている。俳優になった人の原点が映画館の行列だったというのは、できすぎた話に思えてきますね。

仲野太賀の母についてまとめ

仲野太賀さんの母について、この記事で分かったことを整理します。

  • 母は中野多加美さん。芸能事務所「株式会社バグジーヒーローズクラブ」の社長
  • 会社は1996年3月設立で所在地は渋谷区。かつて森下千里さんが所属していた
  • もともと会社を設立したのは父の中野英雄さん。移籍後にマネージャーだった母が引き継いだ
  • 母は中野英雄さんにとって憧れの先輩だったと語られている
  • 「太賀」の名前の由来は諸説あり、父が大河に出たことがないからという説もある
  • 誰が名付けたのかは父と母で言い分が食い違っている
  • 育児は放任主義。「お互いに執着しない、干渉しない」と本人が語る
  • 甘やかされて溺れそうになり、自らバスケ部という厳しい環境を選んだ
  • 母の味はカチャトーラ。「超マザコン」と語りつつ、べったりではない関係
  • 母方の曽祖父が総力戦研究所の創設メンバーで、出演作に強烈な縁を感じたと明かしている

表に出ない一般の方でありながら、夫の会社を継ぎ、息子を放任しながらしっかり育てた人。仲野太賀さんの落ち着いた佇まいの理由が、少し分かった気がします。

父の名前ばかりが語られてきましたが、この家族の芯にいるのは案外こちらなのかもしれませんね。

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