記事内で紹介する商品を購入することで、当サイトに売り上げの一部が還元されることがあります。
NHK連続テレビ小説『べっぴんさん』のヒロインを務め、ドラマ『波うららかに、めおと日和』でも話題を集めた女優の芳根京子さん。そんな芳根さんが、どんな学校に通い、大学には進んだのか気になる方も多いのではないでしょうか。
芳根京子さんは都立高校1年のときにスカウトされ、芸能活動に専念するため高校2年から通信制高校に編入し、卒業後は大学に進まず女優の仕事一本に絞りました。
中学2年のときには病気で学校に通えない時期もあり、そこで命の重さを実感したと話しています。
この記事では、芳根京子さんの学歴と学生時代のエピソードを、本人の言葉や報道をもとに整理します。
目次
芳根京子の学歴|都立高校から通信制高校へ
- 学歴の一覧
- 小学校・中学校の校名は非公表
- 中学2年で学校に通えなかった1年
- 都立高校1年でスカウト
- 文化祭の映画で監督を担当
- 高校2年から通信制高校に編入
まずは、芳根さんの学歴の全体像と、中学から高校までの学生時代を見ていきます。
学歴の一覧
芳根京子さんは1997年2月28日生まれ、東京都出身の女優です。2013年にドラマ『ラスト♡シンデレラ』でデビューし、2016年には朝ドラ『べっぴんさん』のヒロインに選ばれました。
学歴について分かっていることを、先に一覧にしておきます。
| 小学校・中学校 | 校名は非公表 |
| 高校(入学) | 都立高校(校名は非公表) |
| 高校(編入) | 高校2年から通信制高校へ(校名は非公表) |
| 高校卒業 | 2015年3月 |
| 大学 | 進学していない |
| 芸能界入り | 高校1年でスカウト |
信頼できる媒体が伝えているのは「都立高校」「通信制高校」というところまでです。インターネット上には具体的な校名を挙げる記事もありますが、根拠ははっきりしません。
小学校・中学校の校名は非公表
芳根さんの小学校と中学校の校名は、本人や所属事務所から公表されていません。所属事務所の公式プロフィールにも、学歴は書かれていません。
インターネット上には地域の公立校に通っていたとする記事もありますが、出典は示されていませんでした。
この記事では、根拠を確認できない校名は紹介せず、本人が語った学生時代のエピソードを中心にお伝えします。子どもの頃から目立つ存在だったようで、幼い頃からスカウトの声がかかっていたという話も紹介されています。
中学2年で学校に通えなかった1年
芳根さんは中学2年のとき、ギラン・バレー症候群という病気を経験しています。2016年の朝ドラヒロイン会見では「中学2年生の時に、力が入らなくなる病気になったことがありまして」と明かしました。
続けて「今は完治して、支障はないんですけど、1年間学校に普通に通うのは難しい時期がありました」と話しています。中学時代の約1年間、普通に学校へ通えない日々を過ごしていたのです。
この経験について芳根さんは「そこから命の重さを自分で実感しました」と語り、「それからはちゃんと『ありがとう』とか『ごめんなさい』とか言葉をしっかり、伝えようっていう意識が出てきました」と振り返っています。つらい経験を前向きな力に変えてきたことが伝わってきます。
都立高校1年でスカウト
病気を乗り越えた芳根さんは、都立高校に進学しました。高校1年のとき、友達に誘われて行った遊助(上地雄輔さん)のライブ会場でスカウトされ、芸能界に入ります。
上地雄輔さんは、のちに所属事務所の先輩にあたる存在です。友達に誘われて何気なく足を運んだライブが、芳根さんの人生を大きく変えたのです。
2023年のインタビューでは「スカウトがなければ、料理の専門学校に通っていたはず」という趣旨の話もしています。もともと女優を目指していたわけではなかったことが分かります。
スカウトされた当初は、芸能界の仕事がどんなものかもよく分かっていなかったのかもしれません。それでも一歩を踏み出したことが、今の活躍につながっています。
文化祭の映画で監督を担当
芳根さんが演技に目覚めたきっかけは、高校1年の文化祭でした。2025年のインタビューでは「高校1年生の時、文化祭でクラスのみんなと映画を作ることになったんです」と話しています。
2016年の高校生向けの新聞の取材では「私は監督、編集、そして友人と共同脚本を担当しました。放課後は脚本執筆と撮影、帰宅後は深夜まで映像編集と毎日大忙しでした」と振り返りました。
「私も文化祭の映画監督を引き受けたのは、実は勢い(笑)。でも、それが私の女優の一歩になったんですよ」とも語っています。「正直、最初は演技に興味があったわけではなかったんです(笑)」と話す芳根さんにとって、文化祭の映画づくりが大きな転機になりました。
カメラの後ろで作品を作る側を経験したことは、のちに女優として作品に向き合ううえでも役立っているのではないでしょうか。クラスの仲間と一つの作品を作り上げた経験は、かけがえのない思い出になっているようです。
高校2年から通信制高校に編入
芸能活動が本格的になると、芳根さんは大きな決断をします。芸能活動に専念するため、高校2年から別の高校に編入したのです。報道では、編入先は通信制高校と紹介されています。
当時の気持ちについては「自分で決めた進路だけど、つらかった」と話しています。仲の良いクラスで、誕生日にはクラス全員から寄せ書きをもらうほどだったそうです。
大切な友達と離れてでも、女優の道に進むと自分で決めたのです。編入先の高校の校名は公表されていません。
芳根京子の学歴と大学|進学せず女優の道へ
- 高校在学中にデビューし朝ドラにも出演
- 大学には進学していない
- 料理の専門学校に行く予定だった
- 高校卒業の翌年に朝ドラヒロインへ
- 芳根京子の学歴まとめ
ここからは、高校在学中の仕事と、卒業後に大学へ進まなかった理由について見ていきます。
高校在学中にデビューし朝ドラにも出演
芳根さんは高校在学中の2013年、フジテレビ系のドラマ『ラスト♡シンデレラ』で女優デビューしました。2024年のインタビューでは、当時について「まだ高校生だったので、部活感覚のようなスタートでしたね」と振り返っています。
2014年には朝ドラ『花子とアン』に出演し、2015年にはTBS系『表参道高校合唱部!』で連続ドラマに初主演しました。
高校生のうちに朝ドラ出演や連続ドラマ主演を経験しており、学業と仕事を両立させながら着実に女優としての経験を積んでいたことが分かります。
通信制高校に編入したことで、撮影のスケジュールに合わせて勉強を進めやすくなったと考えられます。忙しい中でも高校をきちんと卒業したことに、芳根さんのまじめな人柄が表れています。
大学には進学していない
芳根さんは、2015年3月に高校を卒業しました。卒業のタイミングで、自身のブログで大学には進学しないことを報告しています。
インターネット上には特定の大学に進学したとする情報も見られますが、大学の公式発表や報道で裏付けられるものは見つかりませんでした。芳根さんは高校卒業後、大学には進まず、仕事一本で歩み始めたのです。
高校在学中から主演を務めるなど仕事が順調だったこともあり、女優の道に集中する選択をしたとみられます。2016年に朝ドラのヒロインを務めたときも、大学には在籍していなかったことになります。進学せずに仕事に打ち込むと決めたことが、その後の飛躍につながりました。
料理の専門学校に行く予定だった
芳根さんは、もともと料理の道に進むことも考えていたようです。2023年のインタビューでは、スカウトがなければ料理の専門学校に通っていたはずだと話しています。
高校卒業時のブログでも、大学だけでなく料理の専門学校にも行かないことを報告していました。料理の道を選ぶ可能性もあった中で、最終的に女優の仕事を選んだことになります。
もしあの日ライブに行っていなければ、まったく別の人生を歩んでいたのかもしれません。友達の誘いと文化祭の映画づくりという偶然が重なり、女優・芳根京子が生まれたことになります。
高校卒業の翌年に朝ドラヒロインへ
大学に進まず仕事に専念した芳根さんは、高校卒業の翌年、2016年に朝ドラ『べっぴんさん』のヒロインに選ばれました。応募者2261人の中からの抜てきで、朝ドラへは4作連続の挑戦だったそうです。
何度落ちてもオーディションに挑み続けた粘り強さが、ヒロインの座をつかんだのです。中学時代に病気を乗り越えた経験も、あきらめない気持ちを支えていたのかもしれません。
その後も映画『累-かさね-』『散り椿』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞するなど、着実に実績を積み重ねてきました。大学には進みませんでしたが、仕事の現場で学びを重ねてきたことが、こうした評価につながっています。
2025年には主演ドラマ『まどか26歳、研修医やってます!』や『波うららかに、めおと日和』に出演し、2026年8月には『24時間テレビ』のチャリティーパートナーも務めました。2026年10月15日からは『めおと日和』の続編が放送されます。
芳根京子の学歴まとめ
芳根京子さんの学歴について、分かっていることをまとめます。
- 芳根京子さんは1997年2月28日生まれ、東京都出身
- 小学校・中学校の校名は公表されていない
- 中学2年で病気になり、約1年間は普通に学校へ通えなかった
- 都立高校1年のとき、遊助のライブ会場でスカウトされた
- 高校1年の文化祭で映画の監督・編集・共同脚本を担当した
- 芸能活動に専念するため、高校2年から通信制高校に編入した
- 2015年3月に高校を卒業し、大学には進学していない
- スカウトがなければ料理の専門学校に通っていたと話している
中学時代の病気、高校での転校という大きな出来事を乗り越えてきた学生時代。文化祭の映画づくりから始まり、自分で決めた道を歩んできた芳根京子さん。これからの活躍にも注目です。

