記事内で紹介する商品を購入することで、当サイトに売り上げの一部が還元されることがあります。
韓国の国民的歌手ソン・シギョンさんは、日本のメディアの取材に通訳を立てず、日本語で応じています。「ソン・シギョン 日本語」と検索して、どのように日本語を身につけたのか気になった方も多いのではないでしょうか。
本人は、日本の曲の歌詞の内容を完璧に理解したくて、日本語の勉強を始めたと語っています。
仕事をしながらの独学が難しかった時期を経て、NHKの番組の話をもらったことをきっかけに本気で勉強し、日本語能力試験の最上級であるN1に合格したと伝えられています。
この記事では、本人のインタビューや報道をもとに、日本語を学んだ経緯と勉強法、日本語での取材やテレビ出演、日本語の歌についてまとめます。
目次
ソン・シギョンの日本語はなぜ上手い?|学んだ理由と勉強法
- 日本語力の基本情報
- 日本語を学んだ理由
- NHK出演とN1合格まで
- 音楽から入る勉強法と限界
- メモの習慣と勉強への姿勢
まずは日本語力の基本情報と、日本語を学んだ経緯、本人が語った勉強法を順に見ていきます。
日本語力の基本情報
ソン・シギョンさんは1979年4月17日生まれの韓国の歌手です。2000年に韓国でデビューし、「バラードの皇帝」「鼓膜彼氏」といった異名で知られています。
日本については、ミモレのプロフィールに、2006年の初コンサート以来、日本で定期的にファンミーティングやコンサートを開いてきたと紹介されています。日本で初めてのアルバムを発売したのは2017年だと、ベジーが伝えています。
日本語力について、講談社が公表しているプロフィールには、言語は韓国語、英語、日本語と書かれています。日本語は、日本語能力試験の最上級であるN1に合格していると明記されています。
わかっていることを、先に一覧にしておきます。
| 日本語能力試験 | 最上級のN1に合格(講談社のプロフィール) |
| 学んだ理由 | 歌詞を理解したい/ファンと話したい/メニューを読みたい |
| 本気で勉強した時期 | NHKの番組の話をもらってから |
| すすめる勉強法 | 好きな曲を丸ごと覚える+文法などの王道の勉強 |
| 日本語での取材 | 通訳なしで応じている |
| 日本語の歌 | 2023年と2025年に日本語のミニアルバムを発売 |
日本語での取材に通訳を立てないことは、複数のメディアが伝えています。ミモレは取材の冒頭で「今回のインタビューは通訳なしで臨んでくださっています」と書き、『FRaU』(講談社)も「通訳を立てずにインタビューができる」と紹介しました。
また『FRaU』は2025年8月の記事で、「日本留学経験がないのに」日本語を巧みに話すと紹介しています。ただし、これは記者の説明です。留学の有無について、本人が語った言葉は出ていません。
日本語を学んだ理由
シギョンさんが日本語を学んだ理由は、取材ごとに少しずつ違う角度から語られています。代表的なものを、本人の言葉で順に見ていきます。
まず歌詞です。2024年10月のベジーのインタビューで、日本の曲をカバーするときの決め手を聞かれ、「僕が一番大事にしているのは、歌詞です。」と答えました。続けて「僕は歌詞の内容を完璧に理解したくて、日本語の勉強を始めたんです」と語っています。
日本の曲への関心は、早くからありました。2023年11月のプラスアルファオンライン(講談社)の取材では、ラジオDJを長く務めていた頃に「大好きな玉置浩二さんのナンバーをはじめ、日本の曲を時々かけていたんですね」と話しています。時期は「今から15年ぐらい前ですかね」とのことです。
もう一つの理由は、ファンとの会話です。2023年12月の『FRaU』のインタビューでは、日本でコンサートやファンミーティングを開いても「挨拶ぐらいしかできなくて」、その代わりにファンはどんどん韓国語が上手になっていったと振り返りました。そして「ファンの方と日本語でコミュニケーションが取りたいとずっと思っていました」と話しています。
日本の音楽市場への魅力も、原動力になったといいます。同じインタビューで「日本の音楽市場はとても成熟していると思うんです」と話し、アイドルもバンドもギター一本で歌う人もチャートに入る多彩さを挙げました。
身近な理由もあります。2024年10月のミモレの取材では、「僕、日本語を勉強したいと思った理由の1つが「メニューが読みたい」だったんですね、グルメなので。」と明かしました。まだ日本語が話せなかった頃、ラーメン屋でキムチとライスを頼んだのにキムチチャーハンが出てきて、言い返せないままそれを食べたそうです。
キムチチャーハンの出来事は「それがすごい悔しくて」と振り返っています。これらはどれも本人が別々の取材で語った理由で、一つに絞られているわけではありません。
歌詞の理解のほかに、ラーメン屋での出来事のような身近な理由も語られていることが、意外に感じました。
NHK出演とN1合格まで
本格的に勉強を始めたきっかけとして、『FRaU』の記者はNHKの番組のMCを担当したことを挙げています。本人は『テレビでハングル講座』のMCを務めたと話し、2025年12月の『FRaU』では「2018~2019年と2年間」と語りました。一方、ミモレのプロフィールには2018年から2020年までと書かれており、期間の表記は媒体によって分かれています。
本人の言葉は、きっかけをはっきり説明しています。2023年12月のインタビューで、「それまでも何度も日本語を学ぼうと思い、独学でチャレンジしたこともありました」と振り返りました。仕事をしながら勉強するのは「なかなか難しいものです」とも話しています。
そこへNHKからの話が来ました。当時の心境は「これは学ばないと、焦りましたね」だったそうです。NHKから話をもらったあと、「やっと本気で勉強しました」と本人は語っています。
学習の成果は、日本語能力試験にも表れています。シギョンさんは韓国での日本語能力試験で、最上級のN1(1級)に合格したと、『FRaU』やプラスアルファオンラインが伝えています。
同じ2018年には、日本のドラマにも出演しました。テレビ東京は2018年5月22日、ドラマ『孤独のグルメ』のシーズン7、第9話と第10話にあたる韓国出張編に、シギョンさんがゲスト出演すると発表しています。役は韓国の「イム社長」で、本人は「一話も欠かさずに全部観た大ファンです」とコメントしました。
プラスアルファオンラインは、この韓国出張編にゲスト出演した際、主演の松重豊さんとN1に合格したらお祝いをしようと約束し、その後に合格を果たしたと書いています。これは記者の記述で、本人や松重さんの発言としては出ていません。
合格した年や、本気で勉強を始めてから合格するまでの期間は、本人の発言にも報道にも出ていません。ネット上には合格年を挙げる記述もありますが、出典は添えられていません。
音楽から入る勉強法と限界
語学の入り口として、シギョンさんがすすめているのが音楽です。2025年8月の『FRaU』のインタビューで、「入り口として、音楽から入るのは楽しいし簡単だし、おすすめです。」と話しました。
具体的な方法は、好きな曲を1曲まるごと覚えることです。「まず、自分の好きな曲をまるごと覚えるのが効果的だと思います。曲ってせいぜい3~4分くらいですよね。メロディがあるので、曲に乗せると言葉を憶えやすいんですね。」と説明しています。
1曲全部覚えたら次の曲へ進み、これを繰り返していきます。シギョンさんは「100曲以上になると、ある程度聞き取れるようになりますし、ある程度話せるようになります」と話しています。
例に挙げたのが「そばにいる」という言葉です。「そば」だけでは近くという意味なのか、食べる蕎麦なのか分かりません。何曲も聴くうちに、これは近くにいるという意味だと分かってくるといいます。
曲にはよく使われる表現が多く、そうした言葉は聴いているうちに自然と頭に入るという説明です。なお、これは語学全般についての助言です。日本語の習得で実際に何曲を覚えたのかは、このインタビューでは語られていません。
一方でシギョンさんは、音楽だけに頼る勉強には限界があるとも話しています。「残念ながら楽しみながらする勉強だけでは伸びないんですね」と、はっきり語っています。
理由は、英語を学んだときの経験です。「僕自身、英語の勉強では音楽から入りました」と明かし、歌詞の意味が分からず内容が気になって始めたものの、「結局はそれだけでは行き詰まって、つらい勉強をすることになりました」と振り返っています。
たとえ話も印象的です。歌詞を聴きとる勉強法を、「メインの食事ではありません。ファストフードのメニューみたいな感じ。」と表現しました。たまに食べるとおいしくて魅力的でも、体の栄養にはならない、という意味です。
では、どうすればいいのか。シギョンさんの答えは、楽しい勉強と地味な勉強を混ぜることでした。「理想的なのは、歌やドラマのセリフで学ぶ方法と、文法などもきちんと学ぶ王道の両方で学ぶことでしょうね」と話し、「どちらか一方だけを黙々と続けるのではなく、両方を取り混ぜながら勉強していくと、飽きずに、そして着実に語学力が身に付くのではないかと思います」と続けました。
近道については、「意味のない継続は無意味ですし、外国語の勉強にラクして進める近道はありません」と言い切っています。『FRaU』は、日常生活で不自由なく使えるレベルの語学を身につけるために、シギョンさんがコツコツ勉強してきたと紹介しています。
近道はないと言い切りながら、楽しい勉強と地道な勉強の両方をすすめている点が、分かりやすいと感じました。
メモの習慣と勉強への姿勢
日々の勉強の習慣も語っています。ミモレの取材で、使わないでいるとすぐ忘れてしまうのではと聞かれたシギョンさんは、「でもね、作品を観るだけじゃ意味ないんですよ。」と答えました。
ドラマを観て気になった言葉は全部書きとめ、1時間のドラマなら最低でも10個ほどメモして、実際に使ってみるのだそうです。
使うことの効果も語っています。「使って、相手からなにか反応が来ると覚えられますよね。ま、それでも忘れるんだけど」と、笑いを交えて話しました。
忘れやすい理由には、環境を挙げています。韓国では日本語を話すチャンスが全くないため、どうしても忘れてしまう。それでもできるだけNetflixなどで日本の作品を観るようにしている、という話です。
日本語を学んで気づいたこともあるそうです。「日本語は難しい」とよく言われるけれど、「日本語を勉強して僕は韓国語の方がもっと難しいって気づきました」と話し、文法の変化の多さや、日本語にはないパッチムを理由に挙げました。2024年10月の取材では、「最近は英語より日本語の方が楽になりました」とも語っています。
語学そのものについては、「勉強は辛いけど、向いてるかもですね」とのことです。学生の頃から、数字より言葉が得意な文系だったと話しています。
勉強への思いは、別の取材でも語っています。2023年11月のプラスアルファオンラインの取材では、草なぎ剛さんが韓国語を猛勉強して韓国の番組にまで出ていたことが、ものすごく話題になったと振り返りました。そのうえで「僕も日本の文化が好きで、ものすごく日本語の勉強を頑張っています」と話し、「いつか草なぎ剛さんの逆バージョンみたいになりたいと思います」と語っています。
ソン・シギョンの日本語での活動|取材・テレビ・日本語の歌
- 取材とテレビでの日本語
- 日本語で歌う難しさと目標
- 日本語曲を作る理由
- ソン・シギョンの日本語まとめ
ここからは、日本語を使った取材やテレビ出演、日本語の歌について整理します。
取材とテレビでの日本語
日本のメディアの取材に、シギョンさんは日本語で応じています。ミモレの2024年10月31日の記事では、聞き手が「今回のインタビューは通訳なしで臨んでくださっています」と切り出し、「本当に何の心配もいらないくらい日本語が流暢で驚いています」と伝えました。
これに対する返事は、謙遜した言葉でした。「いやいやいや、まだまだです。」と笑って答えています。
2024年11月の『FRaU』の取材でも、やり取りはすべて通訳なしで進みました。記者は「これまでの何ともユニークなやり取りはすべて、日本語で行っている」と説明しています。
本人は「いえいえ、全然まだまだですよ。外国語を学ぶのは好きですが、実際に使うとなるとやはり難しいと感じることもあります」と答えました。続けて「日本語は微妙なニュアンスで意味が異なってしまうこともありますよね」と話しています。
テレビに出るときの悩みも明かしています。日本語が話せても、笑いの感覚が韓国と同じではないため、受け入れてもらえるのか考えることがあるそうです。
ベジーの2024年10月の記事は「流暢な日本語で応じてくれた」と書き、2023年11月のプラスアルファオンラインも通訳なしの日本語での取材だったと伝えています。複数の媒体で、日本語での取材が重ねられてきたことがわかります。
日本のテレビ番組では、ミモレのプロフィールに、『しゃべくり007』『有吉反省会』といったバラエティー番組への出演が紹介されています。ただし、プロフィールに放送日は載っていません。
日本語での出演が大きな反響を呼んだのが、2025年11月です。『FRaU』の2025年12月の記事によると、11月28日のTBS系『ハマダ歌謡祭』と、11月30日のフジテレビ系『千鳥の鬼レンチャン』に出演し、一躍「時の人」になりました。
ネット上では「完璧な日本語と歌唱で日本の曲を歌う姿に驚いた」といった声が上がったと、『FRaU』は伝えています。
本人は、出演前の心境を率直に語っています。「僕は、日本語は少ししゃべれますが、だからと言って日本の曲を全部知っているわけではないので」、出演したら迷惑になるのではと心配だったそうです。
出演前にそうした心配を口にしていたという話は、胸に残りました。
『千鳥の鬼レンチャン』では、10曲のうち日本の歌が7曲という選曲でした。10曲目の平井堅さんの曲で惜しくもクリアを逃しましたが、本人は「来日してから2日間で覚えてました」と明かしています。
講談社は2026年4月17日、シギョンさんと日本国内のマネジメントとプロデュースを目的にした業務提携契約を結んだと発表しました。ORICON NEWSが伝えた発表では、日本語が堪能であることや、卓越した歌唱力と流暢な日本語でのトークが大きな反響を呼んだことが紹介されています。
日本語で歌う難しさと目標
日本語で話すことと、日本語で歌うことは別だと、シギョンさんは語っています。2025年7月の『FRaU』のインタビューで、「日常的に日本語を話す機会は多いですが、話すのと歌うのでは微妙な違いがあります」と説明しました。
レコーディングの様子も明かしています。ミニアルバム『しあわせのかたち』の録音は韓国で行い、現場のエンジニアは日本語が分からず、日本語をチェックしてくれる人もいないといいます。そのため「イントネーションや発音はとても大事にしている」として、音源を日本に送って確認してもらっているそうです。
目標も具体的です。目標は「ソン・シギョンを知らない日本の方が曲を聴いたときに、『これ、外国の人が歌っているんだね』といった印象ではなく、『もしかしたら日本人じゃない人が歌っているのかも』と思われること」だと語っています。
一方で、「母国語は韓国語なので、いくら頑張っても日本の方のようには歌えません」とも率直に話しています。日本語のインタビューは昔より流暢にできているかもしれないが、歌のほうは「さほど変わっていないと感じます」とのことです。
そのうえで示したのが、「今も昔も自分が満足いくまで誠実に歌うだけ」という姿勢です。
話す日本語と歌う日本語は別のものだということが、本人の言葉からよく伝わってきました。
日本の曲の魅力については、2024年10月のベジーのインタビューで「日本の曲は本当に美しい」と語っています。風、空、季節の変わり目など、自然が感じられる点を挙げました。
日本語で歌う場は、テレビや公演の外にもあります。2025年12月の『FRaU』によると、番組出演のあと、自身のYouTubeに日本のカバー曲を歌ってほしいというリクエストが殺到したそうです。ファンへのクリスマスプレゼントとして、桑田佳祐さんの『白い恋人達』のカバーを公開したと、本人が話しています。
日本語曲を作る理由
日本向けの曲を日本語のオリジナルで作る理由も語っています。2023年12月の『FRaU』のインタビューによると、以前に韓国語のオリジナル曲を日本語にして発表したことがありました。するとファンから『韓国語で歌ってほしい』『韓国語でいいのに』という声が届くこともあったそうです。
変化のきっかけは、日本語が上達したことでした。「日本語を勉強し、日常会話に困らない程度に会話ができるようになって、韓国語を日本語に翻訳しても、歌詞の微妙なニュアンスがこれでは伝わらないかもと思う」ようになり、ラブソングの表現も日本と韓国で少し違うと分かってきたといいます。
日本語で歌う意欲も語っています。「せっかくここまで日本語を勉強したので、日本語でも表現してみたいという部分もありますね」と話しました。
作品としては、2023年11月にキングレコード移籍後初のミニアルバム『こんなに君を』を発売しました。2025年9月17日には、すべて新曲・日本語詞の6曲を収めたミニアルバム『しあわせのかたち』を発売しています。キングレコードの発表によると、作詞は松井五郎さんや川崎鷹也さんらが手がけました。
『しあわせのかたち』は、漫画『コウノドリ』の映像を使ったCO・OP共済のCMにも起用されました。シギョンさんは、日本で初めてのCMソングだと話しています。
2025年10月のパシフィコ横浜 国立大ホールとグランキューブ大阪 メインホールでの単独公演について、ORICON NEWSが伝える講談社の発表は、パシフィコ横浜などでの単独ツアーが「盛況」だったと紹介しています。
2026年7月のインタビューでは、「僕は日本語を学ぶことも好きなので、日本語でどう表現できるか、どう歌えるかを考えるのも楽しいんです」と話しました。日本語の曲は「かなり時間をかけて作っています」とも語っています。
キングレコードは2026年7月8日、本人がセレクトした日本の楽曲を全曲日本語で歌うカバーアルバムを9月30日に発売すると発表しました。
ソン・シギョンの日本語まとめ
ソン・シギョンさんの日本語について、分かったことをまとめます。
- 日本語能力試験の最上級N1に合格していると、講談社のプロフィールに明記されている
- 学んだ理由は、歌詞の理解、ファンとの会話、メニューを読みたい気持ちなど
- 独学で挑戦した時期を経て、NHKの番組の話をもらってから本気で勉強した
- すすめる勉強法は、好きな曲を丸ごと覚えることと、文法などの王道の勉強を混ぜること
- ドラマで気になった言葉はメモして、実際に使ってみる
- 日本のメディアの取材には、通訳なしの日本語で応じている
- 2025年11月のバラエティー番組への出演で、日本語のトークと歌が話題になった
- 日本語の曲は、ニュアンスを大切にして時間をかけて作っている
- N1に合格した年や、勉強を始めた年は、本人の発言にも報道にも出ていない
独学での挑戦、番組出演、歌への思いが重なって身についた日本語であることが、本人の言葉から見えてきます。日本語での活動の広がりにも、これからも注目です。
