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『ちりとてちん』の草々役や『ゴジラ-1.0』などで存在感を見せる俳優の青木崇高さん。どんな実家で育ったのか気になった方も多いのではないでしょうか。
青木崇高さんの実家は大阪府八尾市にあり、両親と兄、姉の5人家族の末っ子として育ちました。
両親が共働きだったため、子どもの頃は祖母と過ごす時間が長く、本人はおばあちゃん子だったと明かしています。今も両親は地元・八尾の河内音頭の盆踊りに毎年参加しているそうです。
この記事では、青木崇高さんが番組やインタビューで語った実家と家族のエピソードを整理します。
目次
青木崇高の実家は大阪・八尾市|3人兄弟の末っ子として育つ
- 実家は大阪府八尾市
- 3人兄弟の末っ子
- 家族で1人だけ185cm
- 両親は共働きだった
- 祖母の思い出のラーメン
まずは、青木崇高さんの実家の場所と家族構成を見ていきます。
実家は大阪府八尾市
青木崇高さんは1980年3月14日生まれ、大阪府八尾市出身の俳優です。スターダストプロモーションに所属し、妻はタレントで俳優の優香さんです。
実家と家族について分かっていることを、先に一覧にしておきます。
| 実家 | 大阪府八尾市(詳しい場所は非公表) |
| 家族構成 | 両親、兄、姉、本人の5人家族 |
| 兄弟 | 3人兄弟の末っ子 |
| 子どもの頃 | 両親が共働きで、祖母と過ごす時間が多かった |
| 両親の現在 | 地元の河内音頭の盆踊りに毎年参加 |
| 出身高校 | 大阪府立八尾高校 |
八尾市の公式ホームページでは、青木さんを「八尾高校卒業」の俳優として紹介しています。高校卒業後はグラフィックデザインの専門学校に進み、アルバイト生活の中で友人に勧められて事務所の面接を受けたことが、芸能界入りのきっかけでした。
なお、実家の住所や詳しい地区については、本人も事務所も公表していません。分かっているのは「大阪府八尾市」という出身地までで、それより細かい情報はネット上の推測にとどまります。
3人兄弟の末っ子
青木崇高さんは、3人兄弟の末っ子です。上に兄と姉がいます。
このことは、2024年4月26日放送のTBS系『A-Studio+』で本人が話しています。番組では家族と兄弟の話題になり、兄の身長は170cmちょっとで、姉や両親も背が高いほうではないと説明していました。
兄と姉は芸能活動をしていない一般の方で、名前や職業などは公表されていません。ただ、2026年の子育て情報誌のインタビューでは、学生のころに甥っ子へ絵本を買ってあげようと読み返したところ、自分のほうが泣いてしまったというエピソードを明かしています。
兄か姉の子どもにあたる甥っ子のために絵本を選んでいたわけで、兄弟の家族とも身近な関係だったことがうかがえます。
家族で1人だけ185cm
青木崇高さんの身長は185cmです。同じ『A-Studio+』では、家族の中で自分だけが高身長だと話していました。
本人が「身長伸ばすコツがあるんですよ」と熱弁したのが、上履きのサイズの話です。成長期に上履きを買いに行くと26cmが売り切れで、1サイズ上の26.5cmを購入。その後も買い替えのたびに「27が売り切れで27.5」と、なぜか毎回1サイズ大きいものを買うことになったそうです。
「そしたら足、どんどん大きくなって」と振り返り、中学3年生で28cmの靴を履いていたと明かしました。本人は「成長期を舐めちゃいかん」と真剣に語りましたが、MCの笑福亭鶴瓶さんからは「そんなアホな」とツッコまれていました。
「テレビ初出し情報」として披露したこの話からも、家族の中で1人だけ背が高いことを不思議に思ってきた様子が伝わってきます。
両親は共働きだった
青木崇高さんの両親は、子どもの頃は共働きでした。
両親の名前や職業は公表されていません。一方で、2023年6月17日放送のTBS系『人生最高レストラン』では、両親が共働きだったこともあり、幼い頃から祖母と過ごす時間が多かったことが紹介されています。
小学生のころは、学校から帰ると祖母と一緒にテレビを観たり、腕相撲をしたりと、何でも遊び相手になってくれる優しい祖母だったそうです。忙しく働く両親に代わって、祖母が青木さんの毎日を見守っていたわけです。
本人は子どもの頃について、「ほんまか?」とすぐ思うような疑り深い子どもだったとも語っています。組み立て式の恐竜の模型を作ったときには、前足と後ろ足のバランスがどうしても信じられず、勝手に接着剤で固定していたそうです。
祖母の思い出のラーメン
『人生最高レストラン』で青木崇高さんが「最愛の祖母との思い出」として紹介したのが、祖母がよく作ってくれた「サッポロ一番しょうゆ味」です。
番組の公式インスタグラムによると、具材は太めの千切りにしたキャベツだけ。それをクタクタになるまでよく煮込んだ、シンプルな一杯でした。
特別な具材を使ったわけでもないインスタントラーメンですが、自分で何度作ってみても決して真似できないおいしさだったといいます。もう二度と食べられない祖母の味が、青木さんにとっての「人生最高の一品」でした。
キャベツだけを煮込んだ一杯を「人生最高」に選ぶところに、おばあちゃん子だった青木さんの祖母への思いがよく表れています。八尾の実家で祖母と過ごした時間は、今も大切な思い出になっているのでしょう。
青木崇高の実家の両親|今も続く八尾とのつながり
- A-Studioで鶴瓶が実家へ
- 河内音頭を踊る両親
- 母の職業の噂
- 八尾の魅力大使に
- 小中学校の同級生との縁
- 青木崇高の実家と家族まとめ
ここからは、テレビ番組や地元の盆踊りで見えてきた両親の様子と、青木さんと八尾とのつながりを見ていきます。
A-Studioで鶴瓶が実家へ
2024年4月26日放送の『A-Studio+』は、青木崇高さんにとって7年ぶり2回目の出演でした。
この回では、MCの笑福亭鶴瓶さんが八尾の実家を訪れて両親を取材しています。マイナビニュースの番組紹介によると、母が大切に残していた、青木さんが子どもの頃に書いた「サンタさんへの手紙」が出てきて、当時の思い出を振り返る場面がありました。
さらに、妻の優香さんが初めて実家に挨拶に行ったときの両親の反応についても語られています。子どもの頃の手紙を今も取っておくところに、末っ子の青木さんを大切に育ててきた両親の思いが表れています。
青木さんと優香さんは、2016年放送のNHK『ちかえもん』での共演をきっかけに交際し、同年6月27日に結婚しました。2020年4月27日には、第1子の誕生を夫婦連名で報告しています。
河内音頭を踊る両親
青木崇高さんの両親は、地元・八尾の河内音頭とも深いつながりがあります。
伝統河内音頭継承者の河内家菊水丸さんは、公式ブログで青木さんの両親との写真を何度も紹介しています。2022年7月には「コロナ前の河内音頭記念館『踊り納めの盆踊り大会』以来の再会」とつづり、2023年7月には揃いのTシャツ姿の両親について「去年に引き続き、踊ってくれはりました」と報告していました。
2025年7月の投稿では、青木さんの両親を「河内音頭の踊り連を作っておられる」と紹介し、「毎年、踊りに来て下さり、嬉しい」とつづっています。
両親は仲間と踊り連を作り、毎年のように盆踊りに参加しているわけです。八尾の地元文化を楽しむ、仲の良い夫婦の姿が伝わってきます。
母の職業の噂
ネット上では、青木崇高さんの母について「小学校の先生だった」とする情報も見られます。
ただ、これは本人や事務所が公表したものではありません。根拠として挙げられているのは個人のブログの書き込みとされるもので、現在は確認できないとされています。この記事では、母の職業は公表されていないものとして扱います。
父についても同様で、職業や名前は明かされていません。両親はあくまで一般の方なので、仕事や経歴についての詳しい情報は今後も表に出てこないと考えられます。
確かなのは、母が子どもの頃の手紙を大切に保管していたこと、そして両親そろって今も地元の盆踊りを楽しんでいることです。
八尾の魅力大使に
青木崇高さんは、地元・八尾市からも頼りにされる存在です。
2012年4月、八尾市役所で「八尾の魅力大使」の任命記者会見が開かれ、青木さんは河内家菊水丸さん、歌手の天童よしみさん、映画監督の三池崇史さんとともに任命されました。八尾市の公式ホームページでは、今も青木さんのプロフィールが紹介されています。
関西のバラエティー番組『痛快!明石家電視台』に出演した際には、「まだ大阪愛は残っていますか?」という街頭の質問に「大アリですよ」と胸を張っていました。大阪・関西万博のスペシャルサポーターも務めています。
東京を拠点に活動する今も、生まれ育った八尾や大阪への思いは変わらないようです。
小中学校の同級生との縁
八尾での子ども時代の友人関係も、今まで続いています。
お笑いコンビ「span!」の水本健一さんは、青木崇高さんの小学校・中学校の同級生です。『痛快!明石家電視台』には、青木さんと30年来の友人として水本さんが映像で出演し、「テレビで言ったことのない秘密を教えて!」と青木さんに迫りました。
同じ地元で育った同級生と、互いに芸能の世界で活動しながら今も付き合いが続いているのは、八尾という土地のつながりの強さを感じさせます。
青木崇高の実家と家族まとめ
- 青木崇高さんの実家は大阪府八尾市。詳しい場所は公表されていない
- 両親と兄、姉の5人家族で、3人兄弟の末っ子として育った
- 兄は170cmちょっとで、家族の中で185cmなのは青木さんだけ
- 両親が共働きで、子どもの頃は祖母と過ごす時間が多いおばあちゃん子だった
- 祖母が作るキャベツだけの「サッポロ一番しょうゆ味」が人生最高の一品
- 2024年の『A-Studio+』では鶴瓶さんが実家を訪れ、両親を取材した
- 両親は河内音頭の踊り連を作り、毎年地元の盆踊りに参加している
- 母の職業を「小学校の先生」とする情報は公表されたものではない
- 2012年に「八尾の魅力大使」に任命され、地元とのつながりを大切にしている
青木崇高さんの実家は、共働きの両親と祖母、兄と姉に囲まれた、八尾のにぎやかな家庭でした。祖母のラーメンや子どもの頃の手紙など、家族とのささやかな思い出を今も大切にしている姿が印象的です。
両親が毎年踊りに行く八尾の盆踊りのように、地元とのつながりを持ち続ける青木さんの、これからの活躍にも期待が集まります。

