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女子プロレスラーでタレントのジャガー横田さんについて、「ガン」という言葉と一緒に検索する方が少なくありません。病気を公表したことがあるのか、気になるところです。
ジャガー横田さん本人がガンを公表した事実は確認できず、本人が明かしている大きな手術は、不妊治療の検査で見つかった子宮筋腫の切除です。
一方で、がん保険の特集記事への登場や乳がん啓発イベントへの参加、夫で医師の木下博勝さんの発信など、ガンという言葉と結びつく場面はいくつもありました。
この記事では、ジャガー横田さんとガンの関係について、本人の発言と報道で確認できた範囲を整理します。
目次
ジャガー横田はガンなのか|公表した病気は子宮筋腫
- ガンを公表した事実はない
- 見つかったのは子宮筋腫
- わずかな可能性にかけた手術
まずは、本人が公表している病気と手術について、順に見ていきます。
ガンを公表した事実はない
ジャガー横田さんは1961年7月25日生まれ、東京都出身の女子プロレスラーです。1977年6月に全日本女子プロレスでデビューし、WWWA世界王者などのタイトルを獲得しました。2004年に医師の木下博勝さんと結婚し、2006年11月に長男を出産しています。
結論からお伝えすると、本人の発信や大手の報道を調べた範囲では、ジャガーさんががんを公表した事実は見つかりませんでした。
2019年に公開されたインタビューでは、本人が「私はまだがんを患ったことはないのですが」と話しています。
これは乳がんの啓発イベントに参加した際の言葉で、患者さんやその家族へのメッセージを求められたときに出たものです。インタビューを掲載したのは、ソニーネットワークコミュニケーションズのウェブマガジン「モモなび」でした。
その後に受けた雑誌やウェブメディアの取材でも、本人が語っている病気や手術は子宮筋腫と骨折で、がんの話は出てきません。
公式サイトのプロフィールを見ても、体のことで書かれているのは不妊治療と出産についてです。「当時可能性が0%と言われても、不妊治療に立ち向かい」と紹介されており、がんに関する記述はありませんでした。
分かっていることを、先に一覧にしておきます。
| ガンの公表 | 本人の発信・大手報道では確認できない |
| 本人の発言 | 「私はまだがんを患ったことはないのですが」(2019年公開のインタビュー) |
| 公表している病気 | 子宮筋腫(直径10センチほど) |
| 受けた手術 | 子宮筋腫の切除、骨折の手術 |
| 筋腫が見つかったきっかけ | 結婚後に受けた不妊治療の検査 |
| ガンと結びつく場面 | がん保険の特集、乳がん啓発イベント、夫の専門分野など |
「ジャガー横田 ガン」で検索して上位に出てきたのは、がん保険の特集や乳がん啓発イベントの記事、そして夫の木下さんに関する記事でした。上位の報道や公式の記事の中に、本人ががんになったと伝えるものはありませんでした。
ここからは、公表されている子宮筋腫の話を詳しく見ていきます。
見つかったのは子宮筋腫
子宮筋腫が見つかったのは、2004年に結婚したあとのことでした。産経新聞の連載「病と生きる」(2009年10月掲載)は、「子宮筋腫など乗り越え」という見出しでジャガーさんの体験を取り上げています。
記事の中でジャガーさんは、プロレス一筋で「一生独身と思ってました」と語っています。結婚してからは子供を望みましたが、1年半たっても妊娠しなかったそうです。
「『この人に子供を抱かせてあげたい』と望めば自然にできるものと思っていました」と、当時の気持ちも明かしました。体力には人一倍自信があっただけに、戸惑いは大きかったようです。
そこで病院の検査を受けたところ、思いがけないものが見つかります。本人の言葉では「病院の検査で、子宮に直径10センチほどの筋腫が見つかった。子宮筋腫は良性の腫瘍で不正出血などの自覚症状もなく、気づきませんでした」とのことです。
見つかったのは直径10センチほどの子宮筋腫で、本人は「良性の腫瘍」と説明しています。
同じ記事では、大きくなった筋腫が卵管を圧迫し、受精卵の着床を妨げる場所にあったことが不妊の一因だったとも語られています。筋腫が見つかったのは不妊治療のための検査で、体の不調を感じて受診したわけではありませんでした。
2018年の週刊女性の記事も、不妊の一因とみられる大きな子宮筋腫が見つかったと伝えました。
2024年の週刊誌の取材でも、ジャガーさんは当時のことを「自覚症状はまったくありませんでしたが、エコー検査で大きな腫瘍が見つかり、それは不妊の原因でもありました」と話しました。別のウェブメディアのインタビューでも、筋腫の大きさを「10センチほど」と語っており、複数の取材で内容が一致しています。
「腫瘍」という言葉が出てくるため、がんを連想する方もいるかもしれません。ただ、この週刊誌の記事は子宮筋腫について「がん化することはない良性の腫瘍だ」と説明しており、ジャガーさんが受けたのも筋腫を取り除く手術でした。
わずかな可能性にかけた手術
筋腫が見つかったとき、妊娠の見込みはかなり厳しいものでした。主婦と生活社のウェブメディアの取材によると、夫の木下さんが知り合いの産婦人科医に尋ねたところ、筋腫を取らない限り妊娠の可能性は0%、取っても通常の妊娠の確率は3%と言われたそうです。
木下さんは、この結果をどう伝えるか1週間悩んだといいます。ところが、話を聞いたジャガーさんの反応は前向きでした。
「子宮筋腫を取ったら出産の可能性が0から3%に上がるんだよ!だったら3%にかけようよと、主人に伝えました」。
筋腫を取れば可能性がゼロではなくなると考え、ジャガーさんは手術を受けることを決めました。
週刊誌の取材では「その1%は、私にとって大きな可能性でした。迷わず手術を決めました」とも語っています。妊娠の確率は記事によって1%から数%まで幅がありますが、ごくわずかな可能性にかけたという点はどの記事にも共通しています。
周囲は手術という選択に難色を示したと報じられており、わざわざ手術しなくても、と言われたこともあったそうです。それでも手術に臨み、入院は2週間近くに及びました。
木下さんも、のちに講演会社のインタビューで当時を振り返っています。「医師として、確率論的に見ても妊娠・出産は無理であるとあきらめかけていました」と明かしたうえで、妻が「やらずの後悔はしたくない!」と決断したと語りました。
手術のあとは体外受精に臨みましたが、1回目はうまくいきませんでした。落ち込んで謝ったジャガーさんに、木下さんは「2人の問題だからあなたは謝らなくていい」と声をかけたそうです。
その後、治療を休んでいた時期に自然妊娠が分かり、2006年11月に長男の大維志さんを出産しています。週刊誌の取材では「まさかの自然妊娠! 奇跡だと思いました」と、当時の驚きを語りました。
産経新聞の記事は、この経験を「みんなで支え合えば不可能も可能になる」という本人の言葉で紹介しました。
ジャガー横田とガンが一緒に検索される理由
- がん保険の特集記事に登場
- 乳がん啓発イベントのゲスト
- 乳がんで亡くした後輩の存在
- 伝えたのは「相談する勇気」
- 夫は直腸ガン研究の外科医
- 夫の発信と動画の「ガンマ値」
- ジャガー横田のガンまとめ
ここからは、ジャガーさんの名前とガンという言葉が結びつく場面を、確認できたものから順に紹介します。
がん保険の特集記事に登場
「ジャガー横田 ガン」で検索したときに上位に出てきたのが、光文社の『週刊FLASH』の記事です。2024年6月11日号に掲載されたもので、ウェブ版は同じ年の6月3日に配信されました。サイトの中では「がん」というカテゴリに入っています。
記事は「各界の有名人に聞いた、入っていてよかった『がん保険』」という企画の1本でした。ジャガーさんは、病気とお金について語る著名人の1人として登場しています。
この特集で本人が語ったのは子宮筋腫の手術と骨折の手術で、がんになったという話は出てきません。
見出しにも「子宮筋腫」の文字が入っており、中身は入院したときに保険が役立ったという体験談です。「当時、加入していた保険のありがたさが身に沁みました」と振り返り、手術や入院費用の一部を保険金でまかなえたと話しています。けがや病気のときに保障がある保険に入っていたことが、助けになったそうです。
もともとは、保険に前向きではなかったそうです。「若いころは、保険料がもったいないような気持ちがあり、つき合いで入っているのが正直な気持ちでした」と明かしています。
それが「実際に入院や、骨折による手術などを経験すると、保険はつくづくありがたいものだなと感じました」と変わっていきました。取材では、保障の内容ごとに別々の保険に入っていると説明しています。
理由として挙げたのは家族のことでした。「子どもがまだ高校生ですから、万が一のときには財産を残してあげたい」と語り、保険を考えている人は早く入ったほうがいいとも話しています。
夫の木下さんについても、病気などで働けなくなったときに備えて収入保障保険に入っていると明かしました。毎月の保険料は高くなるものの、「安心のためには必要だと考えています」というのがジャガーさんの考えです。
「がん」のカテゴリに置かれ、がん保険の特集に名前が載ってはいますが、実際には保険全般のありがたさを語った記事でした。
乳がん啓発イベントのゲスト
ジャガーさんは2019年、乳がんの啓発活動「ピンクリボンフェスティバル2019」にゲストとして参加しました。日本対がん協会などが開くイベントで、乳がん検診の大切さを伝え、患者さんを支えていくことを掲げています。
出演したのは、10月5日に六本木ヒルズアリーナで開かれた「スマイルウオーク東京」です。参加者が街を歩いて検診の大切さを呼びかける催しで、ジャガーさんは「ゲストメッセンジャー」として紹介されました。ウオーキングのあとには、聖路加国際病院の山内英子医師とのトークにも登壇しています。
リングとステージのどちらが緊張するかを聞かれると、「試合ですね、やっぱり」と答え、プロレスラーとしての顔ものぞかせました。
この年のフェスティバルには、丸山桂里奈さんや生稲晃子さん、アンミカさんもゲストとして名を連ねました。東京会場の定員は4,000名で、インタビューの聞き手によると、当日は3,000人近くがウオークに参加したそうです。
これに先立つ同年8月には、朝日新聞に山内医師との対談記事も掲載されました。見出しは「乳がん、知って向き合う」です。
イベント当日のインタビューでは、会場の様子について率直な感想を語っています。「参加者がたくさんいることに、まずびっくりしましたね」と話し、乳がんを経験した人もそうでない人も同じ思いで集まっていることに心を動かされた様子でした。
「世の中って捨てたもんじゃないなっていうことを感じさせていただきました」という言葉も残しています。
ピンクリボンの活動には、夫の木下さんも関わりがあったそうです。ジャガーさんは「主人はいつもピンクリボンのバッジをスーツにつけています」と明かし、当日の朝もバッジをつけていくよう勧められたと笑いながら話しました。
このときのインタビュー記事は、「ジャガー横田 ガン」の検索結果でも上位に表示されていました。ジャガーさんの名前とガンという言葉が、同じ記事の中に並ぶ場面の1つです。
乳がんで亡くした後輩の存在
ジャガーさんがこのイベントに参加した背景には、つらい別れがありました。
ジャガーさんが乳がんの啓発に関わった背景には、後輩を乳がんで亡くした経験がありました。
インタビューの中で「実は、少し前に、後輩でもある教え子を乳がんで亡くしていて…」と打ち明けています。このインタビューでは名前を出していませんが、同じ年の朝日新聞の対談記事は、冒頭で親しかった後輩として亜利弥’さんの名前を挙げていました。
亜利弥’さんは、1996年4月にデビューし、2018年8月に亡くなった元女子プロレスラーです。デイリースポーツの訃報によると、2016年1月にデビュー20周年興行の開催会見で乳がんを患っていることを公表し、2017年4月に引退興行を行いました。この大会にはジャガーさんも参加しています。
スポーツ報知が伝えたプロレス団体の発表文には、「長い闘病生活の末、痛みに負けることなく戦い続け」たと記されていました。闘病の厳しさが伝わってくる言葉です。
デイリースポーツの記事は、ジャガーさんを亜利弥’さんの「師匠」と紹介しました。さらに、ジャガーさんと木下さんを結婚に導いた「キューピッド役」でもあったと伝えています。ジャガーさんにとっては自ら指導した教え子であり、夫婦にとっても公私ともに近い存在だったことがうかがえます。
ジャガーさんは、後輩の闘病をこう振り返りました。「彼女は完全に手遅れだったんですが、がんと診断される1年前からしこりを感じていたようです」。
検診には行っていなかったそうで、「怖い反面、勇気もなかったんでしょうね…」と気持ちを推し量っています。口数の少ない人だったため、誰かに相談することもなかったのではないか、とも話しました。
治療については、本人が自分で方法を決めていたといいます。検査を受けたときにはすでに病状が進んでいたことにも触れ、そのなかでの治療法の選択はすごく難しいと思う、と語りました。
伝えたのは「相談する勇気」
後輩を見送った経験から、ジャガーさんがイベントで強く訴えたのが「相談すること」でした。インタビュー記事のタイトルにも「一歩踏み出す勇気、相談する勇気」という言葉が使われています。
背景として語ったのが、プロレスラーという仕事の事情です。「プロレスラーって、それぞれが個人事業主みたいなものなので、みんながライバルで」と説明し、仲間に内面を打ち明けることは本当に少ないと話しました。「私もそうでしたし」と、自分も同じだったことを認めています。
そのうえで、検査を受けるかどうか、どんな治療を選ぶかはとてもデリケートで難しい問題だと述べました。トークで山内医師が話した「自分が選ぶこと」という言葉にも触れ、相談できる相手を見つけることの大切さを語っています。記事には、山内医師の話に真剣に耳を傾けるジャガーさんの写真も添えられていました。
ここで引き合いに出したのが、自身の不妊治療の経験です。「私はまだがんを患ったことはないのですが」と前置きしたうえで、「不妊治療をやっていた時も、やはり一人では戦えないって感じたんですよね」と話しました。
ただ、相談すること自体が簡単ではないことも分かっていました。「でも、それも勇気がいることだと思います」と、ためらう人の気持ちにも寄り添っています。聞き手も「相談すること、本当に大事ですね」と応じました。
夫の木下さんが協力的だったことにも触れ、一緒に戦ってくれる人がいることは強みになると語っています。子宮筋腫の手術から出産までを夫婦で乗り越えた経験が、この言葉の土台になっているのでしょう。
最後は「乳がんに関しても、相談できる相手を見つけることが大切」と呼びかけました。「一歩踏み出す勇気」と「相談する勇気」を持つべきではないか、という言葉でインタビューを締めくくっています。
がんを経験した立場からではなく、後輩を見送った先輩として、そして自分の治療を誰かに支えてもらった1人として語ったメッセージでした。
夫は直腸ガン研究の外科医
ジャガーさんとガンを結びつけるもう1つの要素が、夫の木下博勝さんです。木下さんは杏林大学医学部を卒業した消化器外科の医師で、がんの診療や研究に長く携わってきました。
ダイヤモンド・オンラインに2011年11月に掲載された広告企画の記事では、経歴が次のように紹介されています。財団法人癌研究会や東京大学医学部附属病院第一外科などを経て、2007年9月に直腸ガンに関する研究で東京大学から博士号を授与された、というものです。
ガンの研究で博士号を取ったのは夫の木下博勝さんで、ジャガーさん本人の病気の話ではありません。
この記事のタイトルは「いまや『ガン=不治の病』ではない」で、カタカナの「ガン」が使われています。プロフィール欄には「妻は女子プロレスラーでタレントのジャガー横田さん」と書かれていますが、ジャガーさん自身は記事に登場しません。
記事の中で木下さんは、がん検診や治療の進歩について語っています。「私も年に1回必ずガン検診を受けています」と、自身の習慣も明かしました。記事が出た当時は、大学で教えながら診療や講演も続けていたそうです。
医師になった1994年ごろは患者本人にがんを告知しないことも多かったが、その後はほぼ全員に告知するようになった、という現場の変化にも触れています。
講演会社のインタビューでも、木下さんは大腸がんに関する研究者として紹介されました。教授を務めた女子大学では、がんをテーマにした講義も受け持っていたそうです。
乳がんの啓発にも関わっており、2017年9月には啓発団体「ピンクリボンかながわ」の講演会に登壇しました。ジャガーさんが「主人はいつもピンクリボンのバッジをスーツにつけています」と話していたことと重なります。
夫がガンの専門家としてたびたびメディアに登場し、その紹介文に妻であるジャガーさんの名前が添えられてきました。2人の名前とガンという言葉が同じページに並ぶのは、このためです。
夫の発信と動画の「ガンマ値」
木下さんの発信がニュースになり、そこにジャガーさんの名前が出てくることもあります。2024年8月には、番組で関わりのあった実業家が肺がんを公表したことについて木下さんがコメントし、サンケイスポーツと日刊スポーツが同じ日に取り上げました。木下さんは医師としての見解を示しつつ、相手を支えたいという気持ちをつづっています。
記事の冒頭で「ジャガー横田の夫」と紹介されるため検索結果に並びますが、これもジャガーさん本人の病気を伝える記事ではありません。
もう1つ、検索結果に出てきたのが家族のYouTubeチャンネルの動画です。「ジャガー横田ファミリーチャンネル」は、ジャガーさんと木下さん、長男の3人が出演する公式チャンネルです。
2025年7月17日に公開された動画には、「『ジャガーさんの病名は・・』暴露する博勝に妻ブチギレ!!ガンマ値が標準の〇倍でヤバすぎる!!」というタイトルが付いていました。「病名」と「ガンマ値」という言葉が並ぶため、がんの話だと思った方もいるかもしれません。
動画で話題になっているのは血液検査の結果で、がんの話ではありませんでした。
動画は19分あまりで、大半は視聴者から寄せられたコメントに家族で答えていく内容です。検査の話が出てくるのは18分を過ぎてからで、木下さんがジャガーさんの検査結果を持ち出し、ジャガーさんが人に見せるものではないと嫌がる、というやり取りでした。
自動字幕で確認した範囲では、木下さんが触れていたのはお酒と肝臓にかかわる内容でした。お酒を控えるきっかけになれば、という趣旨の言葉も聞かれます。字幕全体を見ても、がんに関する言葉は1つも出てきません。
字幕は音声を機械で文字にしたもので正確さに限りがあるため、ここでは細かい病名や数値までは書きません。確かなのは、タイトルの「ガンマ値」ががんを指す言葉ではなく、検査の数値の話として使われていたということです。
ジャガー横田のガンまとめ
ジャガー横田さんとガンについて、確認できたことをまとめます。
- ジャガー横田さんがガンを公表した事実は、本人の発信や大手の報道では確認できなかった
- 2019年公開のインタビューで、本人は「私はまだがんを患ったことはないのですが」と話している
- 公表している病気は、結婚後の不妊治療の検査で見つかった直径10センチほどの子宮筋腫
- わずかな可能性にかけて筋腫を切除し、2006年11月に長男を出産した
- がん保険の特集記事に登場したが、語ったのは子宮筋腫と骨折の手術だった
- 2019年に乳がん啓発イベントのゲストを務め、乳がんで亡くした後輩のことを語った
- 夫の木下博勝さんは、直腸ガンの研究で博士号を取った消化器外科医
- 家族の動画タイトルにある「ガンマ値」は、血液検査の数値の話だった
ジャガー横田さんとガンという言葉が結びつくのは、本人の病気ではなく、取材のテーマや啓発活動、そして夫の仕事によるものでした。後輩を見送った経験から語った「相談する勇気」という言葉は、多くの人の心に残るメッセージです。

