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辻上裕章さんの年収を調べると、上位に出てくるのは「500万〜600万円」という数字です。
ただ、その試算はいまの立場を反映していません。辻上さんはすでにクラブの役員になっています。
年収そのものは公表されていませんが、役職の変化ははっきり確認できます。
この記事では、どこまでが確かな情報なのかを整理したうえで、副社長に至るまでの経歴をたどっていきます。
目次
辻上裕章の年収は非公表|役職から考えるしかない理由
まずは、出回っている数字の中身を確認していきましょう。
- 公表された金額は存在しない
- 上位記事の前提が古い
- 現在は取締役副社長
- クラブ役員という立場
- 推定に限界がある理由
公表された金額は存在しない
最初に、前提をはっきりさせておきます。
辻上裕章さんの年収は公表されていません。
辻上さんは芸能人ではなく、サッカークラブの経営に携わる会社役員です。上場企業の役員報酬なら開示される場合もありますが、Jリーグのクラブでは個別の報酬が公表されることはまずありません。
それでも検索されるのは、妻が澤穂希さんだからでしょう。日本人で唯一のバロンドール受賞者を支える夫として、どんな仕事をしている人なのかに関心が集まっています。
先に、確認できることと推定にすぎないことを一覧にしておきます。
| 年収 | 公表されていない。クラブも本人も明かしていない |
| ネット上の推定額 | 500万〜600万円とする記事があるが、前提が古い |
| 現在の役職 | 福島ユナイテッドFC 取締役副社長(2022年2月1日就任) |
| 前職 | ベガルタ仙台 統括部長(2021年) |
| 経歴の出どころ | クラブ公式の就任リリースに全職歴が記載されている |
| 妻 | 澤穂希さん。2015年8月8日に結婚 |
つまり金額そのものより、どんな立場でどんな仕事をしているかを見たほうが実像に近づけます。
上位記事の前提が古い
ここで、ネット上の推定額を見ておきましょう。
検索上位の記事は「年齢的に考えると500万〜600万ほど」と推定しています。
根拠として挙げられているのは、Jリーグのクラブの財政事情と本人の年齢だけです。項目ごとの相場を積み上げた試算ではなく、ざっくりとした見立てですね。
そして、より大きな問題があります。その記事は辻上さんを「ベガルタ仙台の強化・育成部に所属している人」として扱っているんです。
この肩書きは実際にあったものですが、就いていたのは2015年のことです。その後、辻上さんは仙台で複数の部署の責任者を歴任し、さらに別のクラブへ移っています。
現場スタッフとしての給与を前提にした数字が、そのまま検索上位に残り続けている。よくあることではありますが、年収を知りたい人にとっては使いにくい情報でしょう。
現在は取締役副社長
では、いまの肩書きは何なのでしょうか。
辻上さんは2022年2月1日付で、福島ユナイテッドFCの取締役副社長に就任しています。
これはクラブが公式サイトで発表した情報で、就任日も役職名もはっきり記載されています。推測ではなく一次情報です。
同じリリースには、生年月日から学歴、職歴までが一覧で載っていました。1976年8月31日生まれで、群馬県の出身。ここまで細かく公開されているのは、クラブの役員という公的な立場だからですね。
就任にあたって、本人はこうしたコメントも残しています。サッカー界で培ったノウハウを活用してクラブの成長に力を尽くしたい、サッカーを通じて地域創造と多様性ある社会づくりに貢献したい、という趣旨の内容でした。
部長職から役員へ。これは肩書きの変更というより、立場そのものが変わる移動です。
クラブ役員という立場
役員になると、収入の性格も変わってきます。
会社の役員は従業員ではなく、報酬の決まり方が給与とは別になります。
一般の会社員なら、給与は等級や勤続年数である程度決まります。ところが取締役の報酬は、株主総会で決めた枠の中から配分されるもので、会社の規模や業績が直接影響してきます。
つまり「年齢から考えて何百万円」という発想は、役員には当てはまりません。同じ年齢でも、クラブの規模によって金額はまったく変わってきます。
Jリーグのクラブは、地域密着を掲げる運営会社です。大企業のような役員報酬をイメージすると実態から離れますし、逆に現場スタッフの給与と同じ感覚でも読み違えるでしょう。
確かなのは、辻上さんが経営を担う側に回ったという事実だけです。
推定に限界がある理由
ここまで見てくると、ネット上の金額の扱い方も見えてきます。
推定の材料になるはずの情報が、そもそも公開されていないんですね。
Jリーグはクラブの経営情報を一定の範囲で開示していますが、それは営業収益や人件費といった全体の数字です。誰にいくら払っているかまでは分かりません。
役員報酬についても同様で、個人ごとの内訳が出ることはまずないでしょう。仮に総額が分かったとしても、何人でどう分けているかが分からなければ意味がありません。
だからこの記事では、金額を言い切らないという立場を取ります。分からないことを分からないままにしておくのも、ひとつの誠実さだと思うからです。
その代わりに書けることがあります。辻上さんが、どんな仕事を積み重ねてその立場にたどり着いたのか、という部分です。
辻上裕章の年収を押し上げた経歴|副社長までの道のり
ここからは、公式リリースに載っている職歴をたどっていきます。
- 選手だったのは1年だけ
- 通訳から強化と事業へ
- 記者としてロンドンへ
- 仙台で管理職を歴任
- 辻上裕章の年収と経歴まとめ
選手だったのは1年だけ
キャリアの出発点は、選手としてのプレーでした。
2000年にベガルタ仙台へ入団し、ディフェンダーとしてプレーしています。
ただ、現役でいた期間は1年だけでした。プロとしての実績を積み重ねたタイプではありません。
そこに至るまでの経歴も少し変わっています。1995年からアメリカのニューマンスミス高校に在籍し、卒業後に早稲田大学人間科学部スポーツ科学科へ進みました。
高校時代をアメリカで過ごしたことが、のちの仕事に決定的な影響を与えます。英語が実務レベルで使えるスタッフというのは、当時のJクラブでは貴重な存在でしたから。
選手として大成しなかったことが、逆に早い転身につながった。そう見ることもできそうです。
プロを長く続けた選手は、引退後にセカンドキャリアで苦労するという話をよく聞きます。競技しか経験していないぶん、社会人としての出発が遅れてしまうからですね。
辻上さんの場合、その期間が1年しかありませんでした。大学を出てすぐ社会に出た人とほとんど変わらないタイミングで、クラブ運営の実務に入っていったことになります。
収入という観点で見ても、この差は小さくないはずです。20代前半から一貫してクラブの職員としてキャリアを積める形になったわけですから。
通訳から強化と事業へ
引退後の1年目から、もう次の仕事が始まっています。
2001年、柏レイソルの強化本部に入り、監督の通訳を担当しました。
当時の指揮官はスティーブ・ペリマン監督で、辻上さんは言葉の橋渡しをする立場にありました。単に訳すだけでなく、強化本部の一員として編成の現場にも関わる役割です。
2003年には同じ柏で事業統括部へ移ります。ここが大きな転機でした。強化という競技側の仕事から、事業という経営側の仕事へ足を踏み入れたわけですね。
クラブスタッフには、競技一筋の人と事業一筋の人がいます。その両方を早い段階で経験している点が、辻上さんのキャリアの特徴といえるでしょう。
この両利きの経験が、のちの役員就任につながっていきます。
記者としてロンドンへ
経歴のなかで、いちばん意外なのがこの時期です。
2008年に共同通信社の運動部へ出向し、ロンドン支局の記者を務めています。
クラブのスタッフが報道機関へ出向するというのは、かなり珍しい経歴でしょう。しかも駐在先はロンドンです。英語力があったからこそ実現した配置だと考えられます。
取材する側に回った経験は、そのまま次の仕事に生きました。2010年には日本サッカー協会の広報部へ出向しています。
そして2012年のロンドン五輪では、男子サッカー日本代表の広報担当を務めました。海外メディアとのやり取りが日常的に発生する現場で、記者経験と語学力の両方が求められる役回りです。
クラブ、報道機関、協会。サッカーを取り巻く3つの立場をすべて内側から見ている人は、そう多くありません。
これは経営者としての強みにもなります。クラブが情報を出すとき、それを受け取る記者がどう動くかを実体験として知っているからです。
スポンサー営業でも同じでしょう。露出がどう作られるかを分かっている人が交渉に出るのと、そうでないのとでは、話の組み立て方が変わってきます。
仙台で管理職を歴任
その後は、選手として在籍したクラブへ戻ります。
2013年からベガルタ仙台に移り、9年をかけて役職を上げていきました。
公式リリースに載っている経歴を並べると、その歩みがよく分かります。2013年に運営・広報部の課長、2015年に強化・育成部の強化担当、2016年に運営・広報部長。
さらに2019年は運営・地域連携本部長、2020年は運営・事業本部長、2021年には統括部長です。ほぼ毎年のように担当領域が広がっているのが分かりますよね。
広報、強化、地域連携、事業、そして全体の統括。クラブ運営のほとんどの部門を経験したうえで、2022年の副社長就任に至っています。
ちなみに、澤穂希さんとの結婚は2015年8月8日でした。ちょうど強化担当を務めていた時期にあたります。10年来の友人だった2人は、同年1月に澤さんの自主トレへ付き合ったことをきっかけに急接近したと報じられました。
辻上裕章の年収と経歴まとめ
ここまでの内容を整理します。
- 年収は公表されておらず、確定した金額は存在しない
- 検索上位にある「500万〜600万円」は、仙台の強化・育成部時代を前提とした古い推定
- 2022年2月1日付で福島ユナイテッドFCの取締役副社長に就任している
- 役員報酬は年齢ではなく会社の規模と業績で決まるため、従来の試算は当てはまらない
- 経歴は選手1年、柏で通訳と事業、共同通信でロンドン駐在、協会で広報と多彩
- ベガルタ仙台では9年かけて広報・強化・地域連携・事業・統括を歴任した
年収の数字を求めて検索した方には、少し物足りない結論かもしれません。ただ、根拠のない金額を並べるより、確認できる事実を積み上げるほうが役に立つはずです。
アメリカで高校時代を過ごし、選手としては1年で退き、通訳から記者、広報、そして経営へ。肩書きだけを追っても、そう簡単にたどれる道のりではありません。妻を支える夫という紹介のされ方が多い人ですが、経歴そのものが十分に読みごたえのある人物だといえそうです。

