瀬戸さおりの若い頃は美容師!non-noモデル「SAORI」時代と兄・瀬戸康史の言葉

瀬戸さおりの若い頃は美容師!non-noモデル「SAORI」時代と兄・瀬戸康史の言葉

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舞台やドラマで活躍する女優・瀬戸さおりさんが、若い頃はどんな活動をしていたのか気になった方も多いのではないでしょうか。

瀬戸さおりさんは若い頃、福岡で美容師として働き、その後「SAORI」の名前で雑誌『non-no』の専属モデルになりました。

芸能界を目指したきっかけは兄で俳優の瀬戸康史さんの姿で、相談した兄から最初にかけられたのは「やめなさい」という言葉でした。

この記事では、瀬戸さおりさんの若い頃を、美容師時代からモデル時代、女優としての第一歩まで順にたどります。

瀬戸さおりの若い頃は?美容師からnon-noモデル「SAORI」へ

  • 若い頃は福岡で美容師
  • 兄の上京に衝撃を受けた10代
  • 「やめなさい」から始まった挑戦
  • non-noで審査員特別賞
  • 153cmのモデル・SAORI

まずは、芸能界に入る前の福岡での日々と、モデルとしてデビューするまでを見ていきます。なお、カタカナ表記のタレント「瀬戸サオリ」さんは別人で、この記事は女優の瀬戸さおりさんについてまとめています。

若い頃は福岡で美容師

瀬戸さおりさんは1989年9月19日生まれ、福岡県出身です。1つ上の兄は俳優の瀬戸康史さん、3つ下には一般の方の妹がいます。

若い頃の歩みを、先に一覧にしておきます。

学生時代 福岡で過ごす。兄が高校を2年でやめて上京
高校卒業後 美容師として働く(美容師の国家資格を持つ)
2011年 第43回non-noモデルオーディションで審査員特別賞
2012年ごろ 「SAORI」の名前でnon-no専属モデル。福岡の番組にも出演し、年末ごろに上京
2013年 女優デビュー。舞台『天守物語』で本格的な初舞台
2014年 non-noを卒業し、本名の「瀬戸さおり」に改名

瀬戸さおりさんが最初に選んだ仕事は、芸能ではなく美容師でした。東京新聞の子育てサイト「東京すくすく」のインタビューで、「私は高校を出て美容師をしていた」と振り返っています。

所属事務所のプロフィールにも、美容師の国家資格を持っていることが記されています。ただ、美容師の仕事で使う薬液が体に合わず、この先どうしようと悩むようになったそうです。

手に職をつけたはずの仕事が、体質の問題で続けにくくなる。若い頃の瀬戸さおりさんにとって、これが人生の大きな分かれ道になりました。

兄の上京に衝撃を受けた10代

瀬戸さおりさんの若い頃を語るうえで欠かせないのが、兄・瀬戸康史さんの存在です。

両親が共働きだったため、兄妹3人で祖母の家に預けられることもあり、兄が親代わりのように遊んでくれたそうです。瀬戸康史さんのブログには、実家の真っ暗な2階に上がるとき、怖がりの兄が妹を先に行かせて電気をつけさせていた、という子どもの頃のエピソードもつづられています。

ところがその兄は、高校を2年でやめて、俳優になるために東京へ行ってしまいます。瀬戸さおりさんは「もうびっくり。衝撃的過ぎて」と当時を振り返っています。成人式で帰省した兄はしゃべり方も違っていて、「お兄ちゃんなんだけど違う」という不思議な感覚になったそうです。

気持ちが変わったのは、兄が主演したテレビドラマ『恋空』を見たときでした。初めて役者という仕事を魅力的に感じ、さらに地元・福岡で兄が出演したミュージカル『テニスの王子様』を見て衝撃を受けたといいます。「お兄ちゃんなんだけど、その役として生きている」ことに、強く興味を持ったのです。

「やめなさい」から始まった挑戦

美容師を続けるか悩んでいた瀬戸さおりさんは、兄に電話で「役者になりたい」と相談しました。

返ってきたのは「甘い職業ではない。やめなさい」という言葉でした。それでも「どうしてもやりたい」と気持ちを伝えると、兄は最後に背中を押してくれたそうです。2015年のWEBザテレビジョンのインタビューでは、兄から「1回やってみれば? やりたいならやった方がいいよ」と言われたとも話しています。

家族の反応はさまざまでした。3つ下の妹は「自分がやりたいのならいいと思う」と賛成してくれた一方、母は反対。瀬戸さおりさんが「お母さんを悲しませるかもしれないけど、やっぱり引けない」と思いを伝えると、母は「分かった。でも、いつでも帰ってきていいからね」と送り出してくれたそうです。

父は「何かやりたいと思ったら、まずやってみな」と言う人で、「すごいじゃん」と大喜びだったといいます。帰る場所がある安心感があったからこそ、一歩を踏み出せたと振り返っています。

non-noで審査員特別賞

芸能界への一歩は、モデルとして始まりました。

2011年、瀬戸さおりさんは集英社の雑誌『non-no』の『第43回non-noモデルオーディション』に挑戦し、審査員特別賞を受賞します。これをきっかけに「SAORI」の名前で同誌の専属モデルになりました。

当時の『non-no』公式サイトのプロフィールでも、モデルになったきっかけは「オーディション」と紹介されています。2012年のイベント記事に載ったプロフィールによると、趣味は音楽鑑賞やショッピングでした。

美容師として働いていた女性が、オーディションをきっかけに一気に全国誌のモデルになったわけです。美容師として人をきれいに見せる仕事をしていた経験は、見せる側に回ったモデルの仕事にも通じるものがあったのかもしれません。

153cmのモデル・SAORI

ファッション誌のモデルといえば長身のイメージがありますが、瀬戸さおりさんの身長は153cmです。

『non-no』の専属モデルとしては小柄な体つきで、2014年に同誌を卒業する際には「153cmしかない自分がどこまでやれるのかという不安もあった」と語っていました。

それでも、ショートカットの親しみやすい雰囲気で、2012年2月号から2014年6月号まで専属モデルを務めています。2012年のイベントでは、ニュースサイトに「癒し系『non-no』モデル」と紹介されていました。

若い頃の瀬戸さおりさんの写真を見たい場合は、当時の『non-no』の誌面や、本人の公式ブログ、公式インスタグラムの過去の投稿から、SAORI時代の姿を知ることができます。

瀬戸さおりの若い頃から女優になるまで|福岡時代と改名

  • 地元・福岡の番組にも出演
  • 上京して兄に「連絡ください」
  • 2013年に女優デビュー
  • 本名に改名し女優中心へ
  • 瀬戸さおりの若い頃まとめ

ここからは、モデル時代の地元での活動と、女優へと軸足を移していくまでを見ていきます。

地元・福岡の番組にも出演

『non-no』のモデルになった後も、瀬戸さおりさんはしばらく地元・福岡を拠点に活動していました。

福岡のテレビ局の番組に数多く出演していて、テレビ西日本の『GeeBee』、TVQ九州放送の『キレ☆カワ女子部』、RKB毎日放送の『チャギハ』などに登場しています。2012年7月から2013年3月にかけては、TVQの『情報Qスタイル』『激PUSH!』にもレギュラーで出演していました。

福岡を舞台にしたドラマ『めんたいぴりり』(2013年、テレビ西日本)にも、当時の芸名「SAORI」として、名前がクレジットされない形で出演しています。

若い頃の瀬戸さおりさんは、全国誌のモデルと、地元・福岡のタレントという2つの顔を持っていたわけです。

上京して兄に「連絡ください」

2012年12月、東京で開かれたイベントに登場した瀬戸さおりさんは、「最近福岡から上京してきたばかり」と明かしていました。

このイベントで、芸能界入りの際に兄から「頼ってもいいけど、甘えちゃだめだよ。あとは、感謝の気持ちを忘れちゃいけない」とアドバイスをもらったことを披露しています。

ところが、上京後に兄を「ご飯食べに行こう」と誘ってみたら、「無理!」と断られてしまったそうです。まだ兄に会えていなかった瀬戸さおりさんは、カメラに向かって「お兄ちゃん、見てますか?私はがんばってます!連絡ください!!」と呼びかけ、会場を和ませました。

厳しく突き放すようでいて、「甘えるな」という言葉で妹の覚悟を試していた兄。東京すくすくのインタビューでも、兄から「自分で切り開かなきゃ生き残れない」と言われたと振り返っています。

2013年に女優デビュー

上京した翌年の2013年、瀬戸さおりさんは女優としてもデビューします。

フジテレビ系のドラマ『女医・倉石祥子』などに出演したほか、同年8月から9月にかけては、tpt公演の舞台『天守物語』で亀姫を演じ、本格的な初舞台を踏みました。同じ年には、ミスタードーナツのCMにも出演しています。

2014年には、テレビ東京の『孤独のグルメ』Season4の特別編に、OL役で出演しました。福岡を舞台にした回で、地元出身の瀬戸さおりさんにとっては縁のある作品です。

兄のドラマを見て「役として生きる」ことに興味を持った若い頃の思いが、少しずつ形になっていった時期でした。

本名に改名し女優中心へ

2014年4月1日、瀬戸さおりさんは自身のブログで、芸名を変えることを報告しました。

「今まで“SAORI”として活動してきましたが、この度“瀬戸さおり”として頑張ることになりました」

『non-no』の専属モデルを卒業するのと同時に、本名の「瀬戸さおり」を名乗り、女優を中心に活動していくことを決めたのです。「一人の表現者としてもっとレベルアップしていきたい」ともつづっていました。

その後、2015年の『ドS刑事』で連続ドラマに初めてレギュラー出演し、2018年の映画『愛の病』で初主演を果たします。近年は舞台を中心に活躍し、2026年には第33回読売演劇大賞の優秀女優賞を受賞しました。美容師から始まった若い頃の歩みが、実力派女優としての今につながっています。

瀬戸さおりの若い頃まとめ

  • 瀬戸さおりさんは福岡県出身で、若い頃は高校卒業後に美容師として働いていた
  • 美容師の薬液が体に合わず、兄・瀬戸康史さんの姿を見て役者を志した
  • 兄に相談すると最初は「やめなさい」と言われたが、最後は背中を押してくれた
  • 2011年にnon-noモデルオーディションで審査員特別賞を受賞し、「SAORI」として専属モデルに
  • 153cmの小柄なモデルとして、2014年まで活動した
  • モデル時代は福岡の番組にも多数出演し、2012年ごろに上京した
  • 2013年に女優デビューし、2014年4月から本名の「瀬戸さおり」に改名した

瀬戸さおりさんの若い頃は、美容師、モデル、地元タレントと、いくつもの顔を経験した時期でした。兄の背中を追って飛び込んだ世界で、今では舞台で賞を受けるほどの女優になっています。

「頼ってもいいけど甘えるなよ」という兄の言葉を胸に、自分の力で道を切り開いてきた歩みそのものが、瀬戸さおりさんの魅力になっているといえそうです。

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