芝大輔の弟は2歳下の一般人!M-1初回を一緒に見た夜と3人兄弟の素顔

芝大輔の弟は2歳下の一般人!M-1初回を一緒に見た夜と3人兄弟の素顔

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モグライダーのツッコミ担当として活躍する芝大輔さんには、弟がいるのでしょうか。

芝大輔さんには2歳下の弟がいて、姉と弟にはさまれた3人兄弟の真ん中として愛媛県松野町で育ちました。

弟は芸能活動をしていない一般の方ですが、芝さんはエッセイやラジオで、M-1を一緒に見た夜や、帰省のときに車で迎えに来てくれた話を明かしています。

この記事では、芝さん自身の言葉をもとに、弟との思い出と兄弟の関係を整理します。

芝大輔の弟は2歳下の一般の方|3人兄弟の真ん中として育った家族

  • 弟は2歳下の一般の方
  • 姉と弟にはさまれた真ん中
  • M-1の初回を弟と見た夜
  • 弟が挙げた麒麟とのその後
  • 中学から寮で離れた兄弟

まずは、芝さんの兄弟構成と、弟との子供の頃の思い出を見ていきます。

弟は2歳下の一般の方

芝大輔さんは1983年7月25日生まれ、愛媛県北宇和郡松野町出身のお笑い芸人です。2009年に相方のともしげさんとモグライダーを結成し、M-1グランプリでは2021年と2023年の2度、決勝に進出しました。

弟と家族について分かっていることを、先に一覧にしておきます。

兄弟 姉、本人、弟の3人兄弟の真ん中
弟 2歳下の一般の方(名前や職業は非公表)
弟とのエピソード M-1の初回を一緒に見た/帰省のとき車で迎えに来てくれた
姉 福岡在住で2人の子供がいる(2017年の番組で紹介)
両親 松野町で農家民宿を営む。父は2026年5月に死去

芝さんの弟は、2歳年下です。芝さん本人がエッセイの中で「2つ下の弟」と書いており、年の差は本人の言葉で確認できます。

弟は芸能活動をしていない一般の方で、名前や職業、顔写真などは公表されていません。ネット上には勤務先についての情報も見られますが、本人や家族が公表したものではないため、この記事では扱いません。

それでも、芝さんはテレビやラジオ、エッセイで弟の話をたびたび口にしています。表舞台には出なくても、芝さんにとって身近な存在であることがうかがえます。

姉と弟にはさまれた真ん中

芝大輔さんは、姉と弟がいる3人兄弟の真ん中です。両親の芝明廣さんと美紀さんにとっては長男にあたります。

テレビ朝日『人生の楽園』の番組ページによると、両親は同じ松野町の出身で、美紀さんが21歳のときに結婚しました。夫婦は父の実家で暮らし始め、そこで3人の子供が生まれています。父は町役場、母は農協に勤める共働きの家庭でした。

2017年に放送された同番組では、福岡で暮らす長女が2人の子供を連れて実家に遊びに来て、川遊びをする様子が紹介されています。姉はすでに家庭を持ち、地元を離れて暮らしていることが分かります。

姉については、芝さんが高校時代に一緒にアパート暮らしをしていたエピソードもあります。実家から高校まで遠すぎたため、姉と2人で学校の近くに住んでいたものの、どちらも料理をせず、何も食べないまま登校していたそうです。痩せていく芝さんを見かねた担任が、職員室に出前を取ってくれたといいます。

M-1の初回を弟と見た夜

弟とのエピソードで印象的なのが、芝大輔さんがエッセイ『煙太郎』に書いた、M-1グランプリ初回の思い出です。

2001年のクリスマス、ど田舎の高校3年生だった芝さんの実家では、テレビ朝日系のチャンネルが映らず、M-1を見ることができませんでした。ところが、たまたま街のアパートに住んでいた祖母の家に下宿していたため、運良く見られたといいます。

ただ、祖母に「早く風呂に入れ」とせかされ、中盤の何組かのネタを見逃してしまいました。風呂から出て2つ下の弟に「誰が面白かった?」と聞くと、弟は「麒麟て人らが面白かった」と答えたそうです。

弟は続けて、松本人志さんも笑っていたようだと教えてくれました。審査員席に島田紳助さんと松本人志さんが並ぶ緊張感の中、無名の若手漫才師が一気に全国に知られていく。その様子に、芝さんは興奮したと振り返っています。

弟が挙げた麒麟とのその後

このとき弟が名前を挙げた麒麟は、のちに芝大輔さんの人生にも関わってくるコンビです。

エッセイでは、M-1の初回を見たあの夜の時点では、「後に自分が漫才師になりこの大会に長らく寄り添うことも、ラストイヤーに三回戦であっさり落ちる事も、麒麟の人に朝世話になってる事も思いもしなかった」とつづっています。

麒麟の川島明さんは、TBS系の朝の情報番組『ラヴィット!』でMCを務めています。風呂上がりに弟から聞いた名前の芸人に、20年以上たって朝の番組で世話になっているわけです。

芝さんはNSC東京校を経て芸人になり、2009年にモグライダーを結成。M-1には長く挑戦を続け、出場資格が最後となった2024年は3回戦で敗退しました。初回を弟と見た高校生の頃から、大会とともに歩んできた芸人人生だったといえそうです。

中学から寮で離れた兄弟

芝さん兄弟が育ったのは、松野町の中でも峠を越えた先の集落です。読売新聞の記事によると、小学校の同級生は6人。中学校は〈峠の向こう〉にしかなく、中学生から寮で暮らす環境でした。

2026年2月に配信されたテレ朝Podcast『永野とモグライダー芝のぐるり遠回り』では、中学入学と同時に親元を離れた「早すぎる自立」について話しています。子供の頃から親に「都会に行きなさい」と言われて育ち、中学生の頃に実家に帰省しても、何を話していいか分からなかったそうです。

そのうえで芝さんは、「うちの親は『子離れ』していない」「いまだに可愛くてしょうがないんだと思う」と両親の気持ちを推し量っています。多感な時期に親と過ごす時間が少なかったからこそ、今も子供たちを気にかけているのでしょう。

家族がそろって暮らした時間は長くなかったものの、姉とはアパートで、弟とは祖母の家で、兄弟それぞれと過ごした時間が芝さんの思い出に残っています。

芝大輔と弟の今|帰省や家族の葬儀で見えた兄弟の関係

  • 尾道まで迎えに来た弟
  • 葬儀で頼りになった姉と弟
  • 弟の職業は公表されていない
  • 町に人を呼んだ両親
  • 芝大輔の弟と兄弟についてまとめ

ここからは、大人になってからの弟とのエピソードと、芝さん兄弟を育てた両親について見ていきます。

尾道まで迎えに来た弟

弟が芝大輔さんを助けたエピソードを明かしたのが、文化放送のラジオ番組『裏表 松原秀とモグライダー芝大輔』です。

1月13日の放送回で芝さんは、鳥取県での仕事のあと地元の愛媛に帰省しようとしたところ、飛行機が欠航してしまった話をしました。米子空港駅からの電車は本数が少なく、バスを待とうと戻ったら目の前で発車。唯一動いていたタクシーで米子駅へ向かい、高速バスにぎりぎり間に合ったといいます。

そこから夜22時ごろの電車で広島県の尾道市まで行くと、弟が車で迎えに来てくれたそうです。

尾道から実家までは2時間半近くかかり、結局着いたのは夜中の2時ごろでした。夜遅くに長い距離を運転して迎えに来てくれる弟の存在は、遠方で暮らす芝さんにとって心強いものだったはずです。

葬儀で頼りになった姉と弟

2026年7月29日に配信された『永野とモグライダー芝のぐるり遠回り』では、少し前に家族の葬儀があり、長男として初めて喪主を務めた経験を語っています。地元紙の愛媛新聞は、同じ年の5月27日に父の芝明廣さんが亡くなったと伝えていました。

芸人として上京してから、芝さんは親戚や地元との付き合いから離れていました。葬儀のために実家へ戻ると、たくさんの人が来てくれるのに、誰が誰なのかをきちんと分かっていなかったといいます。

その一方で、地元とのつながりを保っていた姉と弟は、親戚への対応や葬儀の段取りを手際よく進めていました。その姿を横で見ながら、芝さんは「俺、なんか邪魔じゃない?」と感じたそうです。

芝さんは「M-1を取るやつより、親の葬式を仕切れるやつの方がすごいだろう」とも話しています。芸人として目標を追い続けてきた芝さんにとって、地元で暮らしを営む姉と弟の頼もしさを知る出来事になったようです。

弟の職業は公表されていない

芝大輔さんの弟について、名前や職業は公表されていません。

ネット上の一部の記事では、弟の勤務先とされる企業名が紹介されていますが、出どころははっきりしません。芝さんがテレビやラジオで弟の仕事を具体的に語った記録も、この記事を書くにあたって確認できませんでした。一般の方なので、今後も詳しい情報が表に出てくることはないと考えられます。

分かっているのは、芝さんより2歳年下で、地元とのつながりを大切にしていること。帰省した兄を車で迎えに行き、家族の葬儀では段取りを担うなど、家族を支える頼れる存在だということです。

エッセイやラジオでは、弟を笑いのネタにするよりも、さりげない思い出として語ることが多いのも印象的です。

町に人を呼んだ両親

芝さん兄弟を育てた両親は、地元では知られた存在です。

父の明廣さんは松野町役場に勤め、のちに町の教育長も務めました。松野町の町長は町の公式サイトのコラムで、芝さんの父親が役場時代の直属の上司で、観光担当として「森の国・松野町」の知名度アップに大きく貢献した人だったと紹介しています。

両親は定年後の2014年3月に、農家民宿「森の国の宿 あざみ野」を開きました。2022年にはクラウドファンディングで目標の200万円を集めて一棟をゲストハウスに改装し、募集ページでは「田舎育ちをネタに、『モグライダー』という芸人をしています」と息子を紹介しています。

2023年にはTBS系『ジョンソン』の企画で、芸人仲間が実家の民宿を訪れ、両親と大宴会を開きました。人と関わることを大切にしてきた両親のもとで、3人の兄弟は育ったわけです。

芝大輔の弟と兄弟についてまとめ

  • 芝大輔さんは姉と弟がいる3人兄弟の真ん中で、弟は2歳下
  • 弟は一般の方で、名前や職業は公表されていない
  • 2001年のM-1初回では、風呂上がりの芝さんに弟が「麒麟て人らが面白かった」と教えた
  • その麒麟の川島明さんに、芝さんは今、朝の番組で世話になっている
  • 兄弟が育った集落は小学校の同級生が6人で、中学から寮生活だった
  • 帰省のとき、弟が尾道まで車で迎えに来てくれたことがある
  • 2026年の家族の葬儀では、地元とつながる姉と弟が段取りを担った
  • 両親は松野町で農家民宿を営み、父は町の元教育長だった

表に出ることのない芝大輔さんの弟ですが、M-1の初回を一緒に見た夜から、帰省や家族の葬儀まで、芝さんの人生の節目にさりげなく登場しています。

「誰が面白かった?」と弟に聞いた高校生が、今では全国の視聴者を笑わせる側にいます。地元で家族を支える弟の存在も、芝さんの芸人人生を支えるひとつなのかもしれません。

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